有馬記念を勝ったのも牝馬の1番人気クロノジェネシス…なぜ2020年の競馬界は”女傑の時代”だったのか?
ライバル陣営にとっては誤算もあった。先行策を取り2番手からレースを進めると思われたキセキが出遅れた。バビットが逃げを打ったがペースは1000メートル通過が62秒2のスロー。5着同着のワールドプレミアに騎乗していた武豊騎手も、「キセキが出遅れたのでスローになると思って位置を取りに行ったらごちゃついてしまった」と振り返った。 またフィエールマンのルメール騎手が早めに動いて好位を確保したこともクロノジェネシスには逆にありがたい展開になった。同じ勝負服を身にまとった有力馬の並びがフィエールマン、ラッキーライラック、クロノジェネシスとなったことで、北村騎手はライバルの動きを視界に入れることができ、仕掛けに余裕が生まれたのである。 陣営の仕上げも見事だった。プラス10キロと馬体に張りがあり、精神面でも落ち着き十分。パドック気配は抜群だった。斉藤崇史調教師も「1周目のスタンド前をリズム良く走っていたのでこれならと思った」とほくそ笑んだ。 驚かされたのは2着に突っ込んできたディープインパクト産駒の5歳牝馬サラキアだ。11番人気での激走。大外から急襲し上がり3ハロンはメンバー中最速の35秒4だった。今年、牝馬3冠のデアリングタクトとのコンビで名を挙げた松山弘平騎手は「他の馬が向正面で動いたときに我慢した」と好判断。「最後はいい脚を使ってくれた。負けたのは悔しい」と激闘を振り返っていたが、ゴール直前に菊花賞、天皇賞・春連覇などG13勝のスタミナ豊富なフィエールマンを逆転するのだから大したもの。牝馬による有馬記念のワンツーフィニッシュは史上初である。 これで2020年の牡牝混合G1では10レース中、高松宮記念、大阪杯、安田記念、宝塚記念、スプリンターズS、天皇賞・秋、マイルCS、ジャパンC、有馬記念の9レースで牝馬が勝利。高松宮記念、大阪杯、安田記念ではワンツーフィニッシュを決めた。牝馬の代表馬と言えるアーモンドアイは、前人未踏の芝G1“9冠”を成し遂げた。牡馬が勝ったのはフィエールマンの天皇賞・春だけという有様だ。 なぜ“女傑の時代”が到来したのか。 年々、牝馬の台頭が強まっており、そこには調教技術の進歩、飼料の充実、競走体系の整備などが挙げられるが、ビッグレッドファームグループの総帥で”日本一の相馬眼”を持つと言われる岡田繁幸氏は、この日、電話出演した「グリーンチャンネル」の中で「牝馬は牡馬と変わらない筋肉を持つようになった。しかも軽い斤量で走れるのだから(強い)」と原因を分析していた。 確かに今回の有馬記念でも5頭の牝馬が出走し、4頭が5着以内を確保した。競馬評論家の棟広良隆氏もサラキアの走りには驚いたという。 「これまでのレース内容からタフな馬場に適性はないと思っていましたし、前走で初めての2200メートルを経験したばかり。2500メートルの重い芝では厳しいと思っていましたが、驚異の成長力ということなんでしょう。昨年のリスグラシューも引退するのがもったいないと思いましたが、この馬にも同じ感想を持ちました」 クラブ法人所有の牝馬は5歳を最後に引退することになっており、9冠を果たした女傑アーモンドアイに続き、2着のサラキア、4着のラッキーライラック(G14勝)も牧場に帰り、繁殖の準備に入る。しかし、クロノジェネシスはまだ4歳。2021年も現役を続ける。 「もっといろんな夢を見させてくれると思う」と斉藤調教師。北村騎手も今年対戦していない牡牝の3冠馬、コントレイルとデアリングタクトを意識し「未対戦の3冠馬がいますので、(来年は)そこに譲らないように主役となって引っ張っていけるような存在であって欲しい」と意気込んでいた。 クロノジェネシスはアーモンドアイの土俵とも言うべき天皇賞・秋こそ、3着に敗れたが、その最強馬が引退した今現在、最強を名乗るにふさわしい実力がある。 前出の棟広氏が言う。 「日本で走っている場合じゃありません。力のいる馬場での強さは歴代屈指。凱旋門賞へ向かってほしい。外国だと連戦連勝でしょう」 新型コロナの感染の収束は見えないため海外遠征は不透明。来年も国内レースに専念した場合は大阪杯や宝塚記念で、コントレイル、デアリングタクトとの夢対決が見られそうだ。もちろん、海外遠征となれば、快挙達成も夢ではないだろう。ひょっとすれば2021年も女傑の時代が続くのかもしれない。