夢や憧れをすり減らすような旧弊を断ち、人権を尊重する世界に生まれ変われているだろうか。 　宝塚歌劇団（兵庫県宝塚市）の「宙（そら）組」俳優が急死して1年がたった。 　遺族が訴えた上級生によるパワーハラスメントを、歌劇団は確認できないとした。だが、曖昧な説明などが反発を招き、歌劇団と運営する阪急電鉄が一転、上級生ら10人の行き過ぎた指導や暴言などのパワハラを認めて謝罪した。 　歌劇団側が選んだ弁護士らの調査は、一部関係者からの聞き取りができていないなど不十分で、早期の幕引きに動いた感はぬぐえない。 　歌劇団側は再発防止に向け、過密な公演日程や厳格なルールの見直しを示し、6月に宙組公演を再開した。その実効性を検証していかなければならない。 　阪急電鉄の親会社、阪急阪神ホールディングス（HD）の角和夫会長は、歌劇団と宝塚音楽学校の両理事を辞任したものの、HD会長の座にとどまっている。上級生らへの処分もなく、パワハラへの認識が甘いままではないかとの疑念は消えない。 　問題の背景には、フリーランスの俳優という不安定な立場の弱さもあった。 　歌劇団は入団5年目まで雇用契約で、6年目から業務委託契約のフリーランスになる。亡くなった女性は7年目だった。フリーランスは労基法の適用外で、長時間労働などの温床と指摘されてきた。 　死亡した俳優の労働状況を調査していた西宮労働基準監督署は、実態的に労働者だとして歌劇団と阪急電鉄に是正勧告を出した。 　厚労省がまとめた「過労死等防止対策白書」の芸術・芸能分野のスタッフへのアンケートでは、休日が1週間に1日以下が半数以上、「うつ傾向」などは30％を超えた。回答者の約6割はフリーランスや自営業だった。 　来月施行される「フリーランス法」には、契約時に発注者が報酬額や業務内容を明示し、ハラスメント対策を義務づけた。 　仕事への熱意につけこみ、過酷な働き方を強いて人権を侵害する構造は、芸術、芸能業界で常態化してきた。 　約1年前に前社長の性加害の事実が認定された旧ジャニーズの問題は、その象徴だ。こちらも、全容解明は道半ばである。 　演じる者も見る者も心から楽しめる業界に向け、抜本的な取り組みを求めたい。