王様のブランチリポーター、女優の大島璃乃さんは元陸上部!駅伝県大会出場!「山道を走り抜いた達成感は忘れない!」
中3の時に県駅伝に出場!
――冬はやっぱり駅伝ですか? 大島 駅伝にも出場しました。駅伝になると、陸上部だけではなくて、他の部活から体力自慢が集まるんです。やっぱりバスケ部がめっちゃ強かったです! 駅伝部に招集されたメンバーは“ガチ”モード! まず朝練習も始まって、200mくらいの校庭を30周。しかも10周ごとに、どんどん速いタイムが設定されるんです。 部活が終わった後に、駅伝部でも夜にちゃんと練習がありました。外周を走ったり、近くの小高い山で走り込んだり。大会が近くなるとタイムアタックもしました。すごく大変でしたけど、練習をするたびにタイムが目に見えて上がってくるので楽しかったです。 ――トラックとは違う駅伝の魅力がありますよね。 大島 やっぱりタスキをつなぐ意識が強いですよね。自分の区間でどれだけ差を詰められるか。家族や友人の応援もすごく力になりました。「次につなげるぞ」っていう思いが強いので、駅伝のほうが力を出せた気がします。仲間で戦ってきた時間を大切にできる競技です。 駅伝は3年間連続で支部大会に出場して、3年生の時は支部大会で優勝して県大会に進出しました。でも、群馬は長距離のレベルもすごく高いんです。支部大会で上位に入っても、県大会に行ったら全然通用しなかったです。ウォーミングアップでマスクをつけて走っているのを見て、これは敵わないなって悟りました。コース沿いで応援してくれた母の叫んだ声が聞こえたのを覚えています。 ――お仕事を始めたのはいつ頃ですか。ずっと興味をお持ちだったんでしょうか。 大島 小学生の頃からドラマでエキストラはしていましたが、本格的に始めたのは高2の終わりくらいで、地元のイベントに出たり、ファッションショーに参加したりもしていました。 映画好きの母の影響で、小さい頃からいろいろな映画とか、地元の演劇祭を観に行ったりしていて、芸能自体に興味はあったんです。10歳頃だったと思うのですが、母と初めてちゃんと映画館で観たのが『嫌われ松子の一生』でした。なかなかディープな映画ですが、その衝撃がすごかったのを覚えています。 小、中とスポーツをしながら、ちょこちょこ映画館にも足を運びました。高校生の時に制服モデルのオーディションを受けたのですが、そこに今の事務所の方がいらっしゃっていて、声をかけていただきました。絶対に芸能界に、という思いはなかったのですが、芸能界に飛び込む“きっかけ”がほしかったんです。 ――高校卒業後に上京されたんですね。 大島 大学進学も考えていたのですが、自分で決めて芸能の道に進みたいと決意しました。映画や演劇を観ているうちに、だんだんと「自分で演じてみたい」というふうに思うようになったんです。