「円安が実質賃金の上昇に歯止め」「日本はずっと安売りバーゲン」石破政権が植田日銀総裁の背中を押すべき理由
安倍内閣の経済政策は、日銀の指示に完全に従うのではなく、安倍首相が自ら経済メカニズムを学び、経済学者のスティグリッツ、クルーグマンなど国際的な知見を活用して行われた。そして黒田東彦(はるひこ)総裁の異次元緩和により、伝統となっていた日銀の引き締め志向からの脱却に成功した。「プラザ合意」後で唯一金融政策が円高を回避し、約500万人の雇用を創出した。 岸田文雄内閣も、岸田首相が安倍内閣の外務大臣であったこともあり、その政策はアベノミクスを継続するものであり、安定した外交は日本にとって有益だった。したがって、石破首相が「アベノミクス」嫌いであったとしても、円高を防いだ政策の成功を認めないならば、国民の利益を無視していることとなる。米国をはじめ他国が低金利政策を続けている中、日本が金融緩和を維持しなければ、円高が続き、日本経済はデフレ状態を続けてしまったはずだからである。 ■米国の状況で日本も政策を変えるべきだ ただし、石破内閣が成立したいまは、考えてみれば、植田和男総裁の意見を聞くのによい時期かもしれない。あるいは、より弾力的な金利で極端な円安を解消し、インフレへの心配を断つようにと、石破首相から植田総裁の背中を押す時期かもしれない。 植田総裁は、円安が企業に高収益をもたらし、アベノミクスの金融緩和が長年の日本のデフレマインドを解消する効果と、それが行きすぎると日本経済がインフレを引き起こすリスクの間のバランスを模索しているようにみえる。推測では植田総裁の慎重な性格から、追加利上げ実施の必要性は理解していても、その実施にあまりにも長い時間をかけようとしているようにみえる。 現在、米国の短期金利は大統領選後FRBの利下げを受けても4.5%前後にある。ところが日本の短期金利は0.5%付近にあり、円を売ってドルで運用するキャリー・トレードが成立する。このような状態で円安が終わるとは考えられない。生産コストの比較では、いまは1ドル120円程度が適正と考えられる状況で、1ドル150円以上の円安となっている。円安を止めるには日本の短期金利を上昇させればいい。それが住宅変動金利に響いて勤労者の家計に響くという意見もあるが、それが問題なら金利連動の仕方を一時工夫すればよい。 この円安は、日本の生産物の価値を下げ、建築労働者の極端な人手不足、外国人観光ブームの加速などを招いている。さらに円安による物価高が実質賃金の上昇に歯止めをかけており、国内投資による日本の生産性の向上につながっていないようにみえる。 このような極端な円安が続けば、円安で得られる雇用増などのメリットはなくなってしまう。日本は安売りのバーゲンを続けているようなものである。日本が不況なときには日本製品が売れる方向に円安にすればよかったが、完全雇用に近いときには安売りは不利益となる。 私は、アベノミクスの推進者の一人として、通常時は金融緩和を支持してきた。しかしいま、短期金利の正常化と金利引き上げを支持するのは、世界の情勢が変わったからである。ケインズが言ったといわれるように、「情勢が変われば意見を変える」べきだからだ。 そうした状況を踏まえれば、石破政権が金融引き締めを目指すのも、短期の政策志向としては適切だと言えるだろう。ただし、円安が解消して、物価下落が見えてきたときには、直ちに金融緩和を再開してほしい。 ---------- 浜田 宏一(はまだ・こういち) イェール大学名誉教授 1936年、東京都生まれ。東京大学法学部入学後、同大学経済学部に学士入学。イェール大学でPh.D.を取得。81年東京大学経済学部教授。86年イェール大学経済学部教授。専門は国際金融論、ゲーム理論。2012~20年内閣官房参与。現在、アメリカ・コネチカット州在住。近著に『21世紀の経済政策』(講談社)。 ----------
イェール大学名誉教授 浜田 宏一 写真=時事通信フォト