なぜ山下良美氏はJリーグ初の女性主審としてJ3のピッチに立ったのか…歴史的1日を語る「大きな責任を感じた」
2012年には女子1級審判員の資格を取得。坊薗さんらとの日本人チームでU-17女子ワールドカップやU-20女子ワールドカップ、男子の競技大会である全国高校サッカー選手権やAFCカップなどの審判団も担当し、実績を積み重ねたなかで、2019年12月の日本サッカー協会理事会で男子の試合を担当できる1級審判員に認定された。 JFLの試合などを担当した昨シーズンをへて、今年1月に発表された、59人からなる今シーズンのJリーグ担当審判員リストに女性の主審としてJリーグ史上で初めて名を連ねた。スピードなどが大きく異なるJリーグの舞台に立つ資格を得るまでの軌跡を、山下さんは「男性の試合も裁こうと考えたことは、特になかったんですけど」と振り返る。 「フィジカル面では維持よりも向上させることを常に考えてきましたし、技術面や座学による勉強面もすべて向上させたい、と取り組んできたその先に男性の試合を担当できる選択肢があったというか。結果として(Jリーグを担当する)機会があった感じです」 主審が目立たないような試合を、理想のレフェリングとして掲げてきた。コミュニケーションそのものは「正直、苦手という意識があります」と打ち明けるなかで、審判員としての高みを目指しながら、自分なりのレフェリングを作り上げてきた。 「わかりやすく、簡潔に伝えられるようにジェスチャーと表情、あとは笛も含めて、使えるものはなるべく使ってコミュニケーションを取れればと思っています」 ネット上でもすぐに注目を集めた16日の一戦は、山下さんが追い求めてきたレフェリングを具現化できた90分間でもあった。現地で視察し、オンライン会見にも参加した日本サッカー協会の黛俊行審判委員長は、同じく視察に訪れていたJリーグの原博実副理事長から聞いた話として、横浜、宮崎両チームの強化担当者の感想を嬉しそうに紹介している。 「まったくストレスを感じさせないレフェリングで、安心して見ていられたと。今後さらにステップアップして、J2、J1と先のカテゴリーに進んでいってほしいですね」 ヨーロッパの舞台へ目を向ければ、フランス人のステファニー・フラパールさんが国内リーグに続いて、チャンピオンズリーグでも女性として初めて主審を担当。6月に開催されるヨーロッパ選手権にも、大会史上で初めて女性審判員として参加する。 黛委員長によれば、3月に開幕したカタールワールドカップ・ヨーロッパ予選でも、すでに2人の女性が主審を務めているという。横浜-宮崎戦までは昨シーズンに続いてJFLで実績を積んできた山下さんは、日本サッカー界の女性審判員の先駆者として、より高いレベルを目指し続ける挑戦者としての2つの思いをこんな言葉に凝縮させた。 「今後はこの(Jリーグという)機会が続いていくことが、そして女性審判員が男性の試合を担当することが当たり前になっていくことが、私の目標とすべきところだと思っています。そのために私ができることは目の前の試合に全力で取り組むことなので、それを目指して1試合、1試合を担当していきたい。その上でいままであまり目を留められなかった方々に、審判員という存在を少しでも注目していただけたら嬉しいと思っています」 フィジカル能力を向上させるために、毎日1時間から2時間のトレ-ニングを欠かさない山下さんは、審判活動で生計を立てる、日本サッカー協会から認定されるプロフェッショナルレフェリー(PR)ではないため、他に仕事も持っている。 多忙を極めながらも充実している日々のなかで、すでに名前を連ねている今夏の東京五輪の審判団も含めて理想のレフェリングを追い求めながら、通過点として刻まれている「2021年5月16日」に歴史的な意義をもたらすための挑戦を続けていく。 (文責・藤江直人/スポーツライター)