老舗帽子メーカーが、がん患者向けの帽子を開発した理由:CHANVRE MAKI(シャンヴル マキ)
ー入社されてから気付いた、御社のよさは何かありますか? 取引先との信頼関係ですね。弊社は100年以上にわたって帽子の製造を続けていますが、取り引きが長く続いているお客様が多く、2代目、3代目と関係を続けてくださっている企業もあります。 創業当初から、“取引先と共に成長できるように、信用を失うことがないように経営すること”を心に留めているので、“自分たちがよければいい”という経営はしていません。だからこそ、取引先から信頼を得ているし、ここまで長く続いているのだなと入社してから感じました。
ーOEM・ODMが中心とのことですが、昨年、がん患者の方用帽子の自社ブランド「CHANVRE MAKI」を立ち上げられていますね。きっかけを教えてください。 パタンナーの母も同じことを言っているので、おそらく職業柄だと思うのですが、帽子をかぶっている人を見ると、ファッションとしてかぶっているのか、仕方なくかぶっているのかが分かってしまうんです。 がん患者の方のなかには、髪の毛がないことを隠すようにかぶっている人もいます。やはり普通のニット帽では頭のシルエットがあらわになるので、分かりやすいのかなと。 違和感なくかぶることができる帽子がないのかなと思い調べてみると、あまり製造されていないことに気付きました。そこで、「苦労されているがん患者さんのために何かできれば」と、自社ブランドを立ち上げることにしました。
自身のがん経験が、ブランドづくりに生きる
ー「CHANVRE MAKI」の立ち上げを決めた後、佐藤様ご自身もがんを経験されたそうですね。 ブランドの立ち上げを決めたのは2021年末で、2022年の従業員への年始挨拶とともにその決意表明をしました。 1月から関係各所と打合せも始めていたのですが、2月に検査を兼ねた舌切除の手術を受け、その検査の結果、3月に舌がんであることが分かり、2度目の舌切除手術を行いました。早期発見だったので、放射線治療は経験していません。 手術の後遺症で舌の麻痺は残っていますが、日常生活にはまったく支障がないほど回復しており、現在は経過観察を続けているところです。 事業立ち上げを決意したタイミングでのがん発覚だったので、“この病気は長期にわたって背負うもので、避けられない運命だ”と重く受け止めていたのもあり、今まで感じたことのない恐怖を覚えました。 そのときは、がん患者の方のためのブランドを立ち上げることが、逆に私の力となり、入院中も退院後も休むことなくブランドを立ち上げる準備をしました。 自分のことだけを考えていると不安と恐怖ばかりでしたが、人のために動くことで、行き場のない気持ちを何とか力に変えたいという思いがあったんです。 私は実際に脱毛を経験しているわけではありませんが、がんを宣告された人の気持ちが分かったことは、ブランドの方向性を作り上げる上で大きな影響をもたらしました。 ーどのような影響があったのでしょうか。 今までは元気でパワフルに仕事をしていたのに、がん発覚後、“いつどうなるか分からない”と思うようになり、急に気持ちが落ち込んだんですよね。心の弱さが出てくると、周りの人のちょっとした優しさを身に染みて感じるようになるんです。 そこで、元気なときには分からなかった感情が芽生えて。CHANVRE MAKI」は、とにかく優しくて、癒されるような雰囲気のあるブランドにすることが絶対条件だと思いました。 今までは、自分がかぶりたい帽子ばかりをイメージしていたのですが、大前提は当事者の気持ちに寄り添うことです。 社員やWebサイト制作者など、このブランドに携わる人には、“このブランドを見る人がどのような気持ちになるのかを大事にしてほしい”と、自身の体験も交えて伝えてきました。