「もしトラ」で防衛費増強を強いられる欧州、財政赤字と債務残高の拡大でイタリアでは債務危機再燃のリスクも
■ 根深い欧州の防衛費「ただ乗り」問題 トランプ再選に絡んで防衛費負担の問題が注目されるのは今に始まったことではなく、トランプ前政権時代の教訓を踏まえての話である。 もちろん、貿易・サービス取引における関税・非関税障壁の押し付け合い(一言で言えば貿易戦争)も想定される展開だが、防衛費負担の在り方は一国の財政の形に大きな影響を与えるため、金融市場からも注目されやすい面がある。 トランプ氏は前政権時代から欧州諸国が十分な防衛費負担をせず米国に負担を押し付けているという批判を重ねてきた経緯がある。 ちなみに、前政権時代、他国の防衛費負担が十分でない場合、ロシアによるNATO(北大西洋条約機構)加盟国への攻撃を容認するような発言をしたとトランプ氏当人が述懐したことは大きく報じられている 。 また、2022年以降の世界はロシア・ウクライナ戦争を抱える状態にあるが、ここでも米国の軍事費負担が突出していることは知られている。 その事実を踏まえれば、トランプ氏の一存で米国がNATOにおける集団的自衛権の行使を拒否するような言動をすること自体、その影響度は前政権の時よりも大きなものになっていると考えるべきだろう。 図表(2)に示すように、米国の防衛費は常に名目GDP比3%を超えており、この構図は10年以上変わっていない。片や、ドイツ、フランス、イタリアといった欧州のG7主要国は一度も2%を上回っていない。 【図表(2)】 こうした状況にもかかわらず、米国が欧州とロシアの間に横たわる緊張に多大なコスト負担を強いられているのは承服できないというのがトランプ氏の主張である。この欧州の「ただ乗り」問題はオバマ政権時代から主張されてきた争点であるため、トランプ氏の軽口から想像されるよりも根は深い。
■ 防衛費負担における欧州のニューノーマル いずれにせよ、「応分負担がなければウクライナ防衛から手を引く」とも言い出しかねないトランプ氏の再選を前提として、欧州各国は防衛費増強を強いられる状況に置かれている。 既にショルツ独首相は今年2月、今後の防衛支出の見通しについてNATO加盟国の目標である2%以上に引き上げる方針を宣言している。 この際に、「米国だけでなく、すべての欧州諸国がウクライナの支援に向け一段と努力しなければならない」と述べており、これも「トランプ氏再選を前に態勢を整えておくべき」という胸中が透ける。 ちなみに、今年1月にはピストリウス独国防相から「ロシアが5~8年以内にNATOを攻撃する可能性に備えるべき」という発言が見られ、4月にも独軍トップのカルステン・ブロイアー連邦軍総監が同趣旨(5~8年以内の攻撃可能性)の発言をしている。 近年を振り返れば、2022年2月、ショルツ独首相は連邦軍強化のために1000億ユーロの特別基金を創設すると発表した。2024年から計上される方針が明らかにされている。 現状、ドイツは防衛費を2014年の393億ユーロから2023年の566億ユーロへ44%増加させている(2015年基準の実質金額ベース)。その結果、GDPに占める防衛費の割合は名目GDP比でも1.19%から1.57%に浮上した。2024年からの特別基金による拠出も合わせれば、初めて2%に到達する見通しとも言われる。 ドイツと足並みを揃えるように、ポーランドは3%まで引き上げる計画を発表し、スウェーデンやデンマークも2%を目指す方針を表明している。 NATOのストルテンベルグ事務総長は今年2月14日の会見で、2024年中に加盟31カ国のうち18カ国が2%の目標を達成する見通しを明らかにしており、こうした潮流を「ニューノーマル(新常態)」と呼んでいる。決して大袈裟とは言えないだろう。 かかる状況を評価した上で、トランプ氏が矛を収めることも期待できなくはない。そのまま事なきを得るのであればそれが最も望ましい。 とはいえ、相手はトランプ氏だ。そもそも欧州各国がようやく2%に到達しようというところ、米国が常時3%を超えていることについて因縁を付ける余地は残る。 そもそも2023年のNATO首脳会議で掲げられた防衛費の名目GDP比目標は「少なくとも2%」という表現である。トランプ氏からすれば2%は最低基準だとして満足しない可能性はある。 実際、トランプ前政権で国防長官を務めたマーク・エスパー氏が日本経済新聞とのインタビューで同じような懸念を吐露している 。少なくとも米国並みの負担をという主張は十分想定される。