「ジェットエンジン並みの音圧」を発生させる全長わずか12ミリの魚
東南アジアの川の中に生息する、人間の爪ほどの長さしかない小さな生き物には、魅惑的な秘密がある。全長わずか12ミリメートルのダニオネラ・セレブラム(Danionella cerebrum)は、体の大部分が透明の淡水魚で、水中に溶け込む目立たない姿をしている。 【写真】ごう音を発する生き物たち だが、小さいと思って侮ってはいけない。 この一見地味な魚には、驚くべき特殊能力がある。140デシベルを超える音圧レベルを発生させるのだ。この音圧レベルは、わずか100メートル向こうで離陸するジェットエンジンのごう音に匹敵する(注:音源となる浮き袋が小さいため、音量としては小さい)。 ■透明だが、存在感のありすぎる魚 ダニオネラ・セレブラムは、ミャンマーの浅い淡水の川に生息する。濁った水で知られるこの環境において、体がほとんど透き通っているこの魚は、周囲に溶け込むことで、あたりをうろつく捕食者から身を守っている。これらの水域には多くの生物が生息しており、より大型の種に注目が集まりやすい一方で、この小さな魚は抜け目なく独自のニッチ(生態的地位)を築いている。 ダニオネラ・セレブラムは、目であちこち探すよりも、周囲に耳を澄ます方が存在を感知しやすいかもしれない。この魚は、全長(約12ミリメートル)と同じだけ離れた距離で140デシベルを超える音圧レベルを発生させることができると、2024年2月に米国科学アカデミー紀要(PNAS)に発表された研究が報告している。 ちなみに、人間同士の通常の会話は約60デシベル、建設現場で使用される削岩機は約120デシベルとされる。 地球上には、「うるさい動物」は珍しくない。例えば、浮き袋を使って求愛音を発し、集団になると200デシベルに達するニベ科の魚ガルフコルビナ(Gulf corvina。学名はCynoscion othonopterus)や、鳥類で最高レベルに大きな鳴き声(125デシベル)で知られるスズドリ(学名:Procnias albus)などがいる。しかし、ダニオネラ・セレブラムが特に興味深いのは、これほどの大きな音が、全長12ミリメートルのシンプルな体から発せられていることだ。 ■音を発する仕組み 小さな体でこれほど大きな音を出す能力は、他の多くの水棲生物とは異なる、ダニオネラ・セレブラム独自の「音響発生メカニズム」にある。つまり、骨や筋肉、軟骨が連動して体内の浮き袋を叩くことで、大きな音が鳴るのだ。 ・浮き袋を叩く軟骨:この軟骨は、筋肉の収縮時に浮き袋を叩くドラムスティックのような役割をし、大きな音を発生させる ・特殊な肋骨:筋肉の収縮時に、第5肋骨が前方に引っ張られ、上記の軟骨に張力が加わる。その後、軟骨が解放されて浮き袋を叩く ・筋肉の適応:このメカニズムに関わる筋肉は、極めて大きな力を発揮できる一方で、疲労しにくいように適応しているため、長時間にわたって大きなパルス状の音(脈動的な音)を発生させることができる