V12をトヨタ・センチュリーに載せたエンジニアたちの意地はどこからきている? その2【清水×高平のエンジンどうでしょう】
ICEは悪者! 全車電気自動車へ!! そんな宣言をする多数の自動車メーカーだったが、ここ最近はフェラーリが究極のV12エンジンを開発、「フェラーリV12チリンドリ(Ferrari 12Cilindri[ドーディチ チリンドリ])」が発売されたり…。そんなエンジンを取り巻く自動車業界の表&裏話を始めた自動車ジャーナリストの清水和夫氏と高平高輝氏のふたり。さて今回は? TALK:清水和夫(Kazuo SHIMIZU)、高平高輝(Koki TAKAHIRA)/PHOTO:清水和夫、レーシングオン誌、オートスポーツ誌、GENROQ web、web option、Motor-Fan TECH、大橋俊哉(Tshiya OHASHI)/ASSIST:永光やすの(Yasuno NAGAMITSU) 【清水和夫×高平高輝クロストーク】その2は、さらに深~い話へと続く 清水×高平のエンジンどうでしょうをもっと読む ICEエンジンは生き残れるのか、マジで電気一色になっていくのか…。フェラーリからV12が出たけどアレってどーなのよ?な話を、寄り道しながらトークを続ける清水和夫さんと高平高輝さん。さてその2ではどんな「実は」な話が聞けるのか? 軍事と鉄の技術で育つ自動車 渡邉浩之/わたなべ ひろゆき/クラウン9・10代目チーフエンジニア、1996年取締役に就任、プリウスや燃料電池の開発等、2001年専務就任、2005年トヨタ技監 清水:これも古い話なんだけど、亡くなったトヨタの渡邉さん(渡邉浩之/わたなべ ひろゆき/クラウン9・10代目チーフエンジニア、1996年取締役に就任、プリウスや燃料電池の開発等、2001年専務就任、2005年トヨタ技監)は九州大学航空学部出身。日本の航空学部を出た人は、ダイムラーのメッサーシュミットに搭載されていた倒立V型12気筒エンジンをドイツ軍から図面をもらい、終戦1~2年前にアツタエンジン(艦上爆撃用)とかをみんな作ろうとした。が、火が入っても最後まで上手く回らなかった。 その時に渡邉さんから聞いたのはふたつ。ひとつは「もらった図面に全部ノウハウが落ちていなかった」と。図面通り作っても火が入らなかった。ドイツはプロフェッサーがいて、マイスターがいて、マイスターの技術のところは図面に入っていないんじゃないか?っていう推測があった。 もうひとつは、日本はあのようなV12エンジンを作れる材料、いい鉄とか銅などが手に入らなかった。 高平:おっしゃる通りです。冶金工学とか、またS800の話に戻るけど、どうしても満足のいくベアリングが作れないので、しょうがなくてローラーベアリングにした。なぜ手に入らないか? ヴァンダーヴェルとかSKFとか、今は違う名前になったりしていますけど、その辺がまだノウハウを全然外に出していなかった。 清水:日本は木の文化だったからね。向こうは石だけど。鉄の冶金技術っていうのは、向こうのほうがはるかに進んでいた。 高平:砲身、ガンバレル(Gun Barrel)、筒の中に溝を刻むライフル、溝の無い滑腔砲 (かっこうほう)にするかどうか…。そういうのは、どれだけ強くて硬い金属、しかも加工ができる金属を合金として作れるかどうか?から始まる。それがなければダメ。 清水:軍事技術がないとダメなんだよな。 高平:自衛隊の戦車の砲塔は、ついこの間まで全部ライセンス品。残念ながら日本は自分のところでは作れない。まぁ日本はずっと禁止されていたこともあって当然なんですけど。その積み重ねがあるところとないところとではね。 レーシングカーのドライブシャフトなんかもそうで、未だに多分、全数オーストリアのパンクル(Pankl)製だと思う。とにかくああいう合金鉄製品では断トツスペシャルメーカーみたいなのがある。日本は新日鉄、大同特殊鋼なんかでもなかなか手は出せない。 清水:大筒が織田信長の時代にスペインから入ってくるんだけど。昔は船の大砲で、鉄砲もそうだけど、イギリスとスペインの戦争とかね。 高平:中国山地で採れる鉄は、刀や包丁の切るための道具として使われる。戦国時代の刃の日本のひとつの発祥の地が、出雲、広島、鳥取、島根間の中国山地じゃないかと。 清水:でも、あれは、たたら製鉄だからインドから入ってきたよね。青銅もそうなんだけど、日本には何もなかった。焼き物もない。焼き物で言えば西の方の唐津、萩焼など。東北に焼き物ってないんだよ。中国、韓国を通して入ってきているから。たまたま雨が多くて奥出雲で砂鉄が取れたから、今は日立金属がたたら製鉄という名前でやっている。ドイツ人が日本の和包丁を買いに来るけど、「ゾーリンゲン(ZWILLING)があるだろう!」っていうと、「いやいや、日本の方が全然上だ!」って、ドイツ人もびっくりするぐらい切れ味のいい包丁が日本にはある。 高平:刀もそうだけど、大量生産ができない。ひと振りに何人もかかってトンテンカンテンとずっと鍛えているような、そういう生産方法では今の“武器”なんか作れない。 清水:南部鉄器もそうだよね。そういう職人芸が作る工芸品は、日本は得意だった。でも、それを大量生産しているところに、分散型の職人芸ではなんともできなかった。その反省もあって、戦後は国が主導して分散型産業をひとつにまとめて、オールジャパン体制を作っていったっていうのはあると思う。 憧れのV12を日本の乗用車に載せたのは、センチュリーだた1台 清水:いずれにしても12気筒エンジンは、航空機のエンジンとして作れなかったという想いがあって、東京大学と京都大学、九州大学、あともう一校くらいかな、航空学部があるところを出たエンジニアは、みんな12気筒がトラウマになっている。だから、渡邉浩之さんはトヨタにいる時に「絶対、最後は12気筒をものにしたかった」と、センチュリーに載せたワケ。 マツダはアマティ(Amati/マツダが計画していたプレミアムブランド)で2.0リッターV6エンジンを2個くっつけた4.0L V型12気筒エンジンを搭載する「アマティ1000」でやろうとして、直前になって住友銀行からストップがかかった。日産は林さん(林 義正/はやし よしまさ/日産の元エンジニア)が量産ではできなかったから、ル・マンに行く時にV12をやりたかった。 清水:スバルはもっとハレンチ(?)で、高岡さん(高岡祥郎/たかおか よしろう/元スバルのモータースポーツ代表者)がF1をやろうっていうので、水平対向エンジンだけどスバルではなく、カルロ・キティ博士がモトーリモデルニ(イタリアのエンジンコンストラクター)で作った。それに乗っていたのがベルトラン・ガショー選手(Bertrand Jean Louis Gachot)。ガショーとはスパ・フランコルシャン24時間レース(1993年)で一緒に組んでレースに出たから(HONDA・NSX)、ガショーに「あのエンジン(SUBARU)どうだったんだった?」って聞いたら、「いや~、パワーはあったけど、卓球ができるようなエンジンだった」って。とにかく水平対向12気筒はデカいんだよ! エンジンパワーはあるけど、でかくて重い。シャシーはF3を使っていたから直線でスピンしたって。 高岡祥郎/たかおか よしろう/元スバルのモータースポーツ代表者 清水:そのSUBARU V12エンジンを童夢が作ったジオットキャスピタ(JIOTTO CASPITA/ワコール+童夢+SUBARUのスーパーカー)に載せ、第28回東京モーターショーに出した。オレはそのときの動画の運転手として乗ったことがある。ガンガン飛ばせなかったけど、ま~でも音は気持ち良かった~♪ 高平:まぁ~すべての日本のメーカーがV12を作っていた。いすゞも試作をまだ残していますから。 清水:どうもね、三菱もやっていたらしい。V12はやらなかったメーカーはないくらい。 高平:みんなやりたいんですよ。 清水:ヤマハもやっていたんじゃないかな。 高平:もちろん、何台も作っています(Yamaha OX99)。なんでそんなにV12に惹かれるんですかね? ポルシェだって、最終的にはカンナム用にフラット16まで作っている。ポルシェ911の水平対向6気筒を2個並べたら12気筒になるじゃない。 MF:水平対向エンジンは180度V型ってことですか? 清水:いや、違う。ジャーナルがもっと大きいからでかくなっちゃう。“なんちゃって180度V”は1個のジャーナルに両方を入れるからエンジンをコンパクトにできる。 高平:チャンネルは、クランクシャフトにどうやって取り付けるか?によって長さがだいぶ違う。さっき話に出たスバルは、水平対向4気筒をそのまんま12気筒にしちゃったから、卓球台サイズになっちゃった。 昔の水平対向じゃなくて、180度V12のフェラーリ・512BB(※BB=Berlinetta Boxer)なんかは意外に小さい。 清水:なんちゃってボクサーね! 高平:今のプロサングエとかに使われている12気筒なんか、本当にちっちゃいですよね。だからこそ、ここに入るんだよな~と思う。プロサングエのF140エンジンは6.5Lだけど、フロントタイヤの後ろに入るぐらいだからメチャメチャちっちゃい。 清水:SUBARU 12気筒は卓球台! エンジンは回転数が命! 清水:1次振動、2次振動、3次振動…、V12は完全バランスだからね。 高平:元々、V12の代名詞と言われるエンツォ・フェラーリは、アメ車のパッカードV12の、そのあまりのスムーズさ、静かに滑らかに回るのに感動したっていう話になっているんですけど、でもバランスだけで、これをスポーツカーエンジンにしよう…とかっていう風に、なかなか普通の人は結びつかないじゃない。高級車のロールス・ロイスだったらわかるけど、フェラーリがなぜ? 清水:同じ排気量で気筒数を増やせばピストンが小さくなるから。1万rpm超えてくる。回転数に対する憧れ。だから今回のフェラーリV12チリンドリは9600rpmまで回る。あと400rpmで量産車初の1万rpm。 高平:できなかったんですかね、あと400rpmぐらい。 清水:いや、やるでしょ、このあと! チリンドリ1万…1万ってなんていうの?(※1万=Diecimila) 高平:ちなみに、その衝撃的と言われているフェラーリ・プロサングエ。世間からは“SUV"と言われていますけど、フェラーリは絶対そうじゃないって言っている。あれは9000rpm? どうだったんですか、その魅力は? 清水:だけどね、トルクを見ると面白い。チリンドリの方がトルクは低い。つまり、圧縮比を下げて回転数を取ったんだよね。だから回転数が高いから出力は上がる。でも、プロサングエのV12はチリンドリに比べてなんでトルクは低いのかな~。そう、新しいチリンドリのほうがトルクは低いんだよ。トルクを上げるのは圧縮比だから。圧縮比が高いとトルクは出るけどエンジンは回らない。だからトルクを下げてでも回転数を取ったんじゃないかな?と。 V12はオーケストラが奏でるシンフォニーであり、ストラディバリウスである! 高平:昔の自動車雑誌は、V12を「モーターのように回る…」とかって書いたんです。ところが今、モーターで同じぐらいのトルクを出すスポーツカーとかスーパーサルーンみたいなのが普通にあるんです。そうすると和夫さん、一般人から「滑らかっていっても、モーターよりも凄いんですか?」って聞かれた時に、どういう風に答えますか? 清水:多分、オーケストラでいうところの完全なシンフォニーになっているんだろうね。音の周波数が綺麗に整数倍になって雑音がない。等長等爆でそういう風になる。 高平:V12はまさにフルオーケストラなんです。フルオーケストラが完全に揃っているように見えても、でも、電気で多層多重したようなコンピューターでやったのとはやっぱり違う。 清水:電気で、シンセサイザーで、あたかもハーモニーしているような音楽と、本当に20人ぐらいの人がヴィオラからヴァイオリンからいろんな人(楽器)がいて、完璧にハーモナイズしたウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のハーモニーの方は12気筒なのよ。 高平:ボレロ(※モーリス・ラヴェル作曲のバレエ曲)の曲の始まりって、“もう始まったの?”っていうぐらい音が小さく始まって、それが最後にザッザッザッってクライマックスに行く。12気筒は本当に30km/hぐらいから320km/hぐらいまで全部、同じオーケストラで、生音で出てくるんだと思うんですけど。 清水:イタリアのストラディバリウス(Stradivarius)とか、もう何億円っていう楽器とか、ウィーンフィル、ベルリンフィル…そういうクラシックの世界っていうのは凄いじゃない。そこにパトロンがいてお金を出して、そういう文化っていうのを大事にしている。エンジンでいえば、V12はそんなノリだよね。ヤマハのエレクトーンじゃないんだよ。 高平:無駄って言われたり、そんなもの必要ないでしょう、どうするんですかって言われても、圧倒的なその実感には勝てないんでしょうね。 清水:それにいいくら出しますか?っていう人たちがいるっていうこと。 高平:芸術品っていうか、あくまで工業生産品なんだけど、限りなく工芸品。 速さダケを求めるならV8やV10。だけどV12 LOVEなのだ♪ 清水:エンジンルームにオーケストラが圧縮していると思ったら、6000万円、7000万円なんて安いもんだ! そういう芸術文化にいくらお金払うか…っていう価値がわかる人なんだろうね。じゃなくて、速さだけを求めるなら「V8の方がいいよね!」ってみんな言っちゃう。「軽いでしょ」とか。「そうじゃないんだよ、V12はそこじゃないんだよ!」ってね。 高平:レーシングカーのパッケージとかを考えたら、V8だとかV10だとかっていう風に、どんどん違うのも出てくるんでしょうけど。でも、V12よりもっとでかいのもありましたし、V16とかいまだにまだ少しは残っていますけど。 清水:アメリカのインディアナポリスにあるデューセンバーグ(Duesenberg)とかオーバーン(Auburn)とか、V18とかV16とかいろんなのがあるけど、それはウィーンフィルとは違うんだろうな。アメリカにはアメリカの、なんか地響きするような世界観を持っているのだと思うんだよね、大陸的な。ヨーロッパは洗練されたエスタブリッシュメントたち(※社会的に確立した制度や体制、またはそれを代表する支配階級、組織)がパトロンの、そういう世界なんだよ。 変態的多気筒エンジンが面白い! 高平:今回、エンジンの話をするにあたって、他にもH16とかとんでもない変なレーシングカーエンジンもあったし。そもそも前に8気筒+後ろに8気筒っていう、アルファの時代のエンツォ・フェラーリは、ビモトーレ(Alfa Bimotore/ツインエンジンの意味)という、合わせて16気筒が積んである。ストレート8(エイト)はアルファの戦前のスーパーエンジンだった(※アルファロメオP2など)。それを前と後ろに載せて、それぞれのドライブシャフトがそれぞれのタイヤを動かすという、とんでもないクルマもあった。 清水:オレもスバルのプロトタイプで、フロント4気筒リヤ4気筒の4WD。水平対向1.6Lのエンジンを2個くっつけたヤツ。それを氷上で乗ったことあるけど、それがH8気筒。前と後ろがそれぞれに駆動する。何のことはない、前のものをもう1個後ろにくっつけたダケなんだけど、ちゃんと走ったよ。オレがチームSUBARUに入った時だから、70年代後半ぐらいだね。 高平:エンジンを前後に載せている場合、スロットルの制御とか駆動の制御とかどうなっている? 清水:アクセル踏んだら後も同じようにスロットルが開いて、要するにトルク配分でいろいろ問題が起きそうだから氷の上でテストしたみたい。氷上なら回転数が変わっても問題ない。 高平:ポルシェ959とかアウディ・クワトロとかと、発想はスバルも本当に似ていますよね。前にオーバーハングして積んでいたのは、後ろに持っていって4WDにした方がいいんじゃないかとか。ポルシェとアウディでもすごく似ているんです。 清水:それがあったから、FJ1600のパッケージを高岡さんが考えついて、スバルのエンジンをコッチ(後ろ)に持ってきて。最初の年、ボクはFJ1600の全日本選手権にずっと出ていた。 日本人エンジニアが憧れたエンジン、それがV12 高平:V12に話を戻しますが、日本にもV12市販車があった。 清水:日本ほどV12に憧れた人たちはいないと思う。「戦争に負けたのは1000psのエンジンがなかったから」って、まだ思っている人たちがいた。 高平:そうですね。ターボチャージャー、V12、油冷、水冷とか、そういういろんな技術を頭の中でオレたちはできるって思っていても、材料がない、作り手がいない、お金もない…みたいな感じで、すごく悔しい思いをした人たちが自動車産業界に入ってきてくれたっていうのはあると思いますよ。 清水:広島・呉にある戦艦ヤマトミュージアムに行くと、学芸員が説明してくれるんだけど、 戦艦ヤマトはディーゼルエンジンを積めなかった。積んでいたのは蒸気エンジン(蒸気タービンエンジン/4基のギヤードタービン[ギヤで減速された蒸気タービン]を搭載/出力は15万ps/全長263m/基準排水量6万5000t/満載排水量7万2808t)。なぜかっていうのは、その学芸員が説明してくれる。 当時ディーゼルの技術を持っていたのは、圧倒的にドイツ。ドイツは日本陸軍とつるんでいた。騎馬戦だから。日本海軍はイギリスで、海軍は日本の陸軍に頭下げないといけなかった。それが嫌でディーゼルを諦めた。 高平:頭を下げないと、戦艦大和を動かすようなディーゼルエンジンをものにできなかったってこと? 清水:ドイツの技術をもらうには陸軍が縄張り。海軍はイギリスと仲良かったけど、イギリスにディーゼルがなかったから蒸気エンジンを積んだ。だから艦隊で言うと、戦艦大和はいつも一番後ろだったという。大砲は1.7tが35kmぐらい飛ぶ。ここ(新宿)で撃ったレガシィが日産の厚木まで飛んでいくっていう(笑)。その時の照準器が今のニコンだったね。 高平:あれ、元々はイギリスですよね、日露戦争の時に大活躍した。 清水:亡くなった渡邉さんや航空学部の人たちは、そのドイツからもらった図面で倒立12気筒エンジンに火が入らなかったっていうのを悔しく思っていたよね。 感動のないセンチュリーV12と、F1 V12の魔力の違いったら! 高平:レーシングカーのV12を作るのは1機作ればいいだけだけど、市販車に載せるってすごく大変じゃないですか。結局日本は昔のセンチュリー(2代目)しかV12を積んだクルマはないですよね。 清水:そう、センチュリーだけ。でも、センチュリーは乗ればわかるけど、ただ静かなだけで感動はない。そういう風に作っているからね。 高平:アレ(センチュリーのV12)はどこまでやれるんだろう?っていう気持ちは昔からありました。センチュリーに乗った時、凄いけどまったくパワー感がないし、高揚感がない。でも一方では、レーシングカー用にはもうすでにあったし。最近ではレクサスが、ヤマハが作ったV10(レクサスLFA/1LR-GUEエンジン)の凄いのもあるんだけど、残念ながら日本のV12はセンチュリーだけ。あのエンジンを突き詰めるとどこまで行くか?みたいな。 清水:ボクは3.0L V12のホンダF1も乗ったことがある。1万8000rpmくらいまで回るんだけど、怖くて! 鈴鹿サーキットだったから1万6000rpmくらいしか回していないけど、本当にもうこのまんま死んでもいいと思ったけどね、気持ちよくて♪ 高平:ボクはフェラーリ412T2(※スクーデリア・フェラーリが1995年F1参戦用に開発)は乗ったことあるんですよ、ちょっとだけ。 清水:ソレも死んでもいいと思った? 高平:TIサーキット(現・岡山国際サーキット)を4~5周だけさせてもらったのかな。その時のレブリミットは1万5500rpmって言われていた。でもピットから出ても全然加速しね~な!と思って、いろいろ確認したりしながら1速でピットアウトして、よし!と思って踏んでみたら、あれ…やっぱ全然加速しない。え~どうしたんだろう…いや、ちょっと待て…落ち着け!みたいな感じ。で、ゆっくり行って、裏のストレート出てから、よし踏んでみようと思ったら、ずっと前からレブに当たっていた(笑)。で、な~んだと思って2速に上げた瞬間にバーン!といって。いや~、ぶったまげましたよ。それだけ振動も音もわからない。キーンっていっていたダケだったから。 最後の3.0L V12フェラーリ、ペルガーが乗っていたやつね。予選時は1万8500rpmくらいまで回して、レースは1万6500rpmとか言われていたやつを、さらに1000rpm下げてあった。凄かったですよ。いや~12気筒のレーシングエンジンってこういうものなんだと思って。 清水:V8が音速のエンジンのスピードだとしたら、V12は光速。光の速さのように上がっていく。シャーン!と。スロットルが開いただけで、シャーーーン!って。1万5000rpmまで一気に上がったら、もう死んでもいいと思うよ。 高平:本当に実感できる、空気の壁がグワーっと来て、それを切り裂いていくのを、なんということもなしにキーン!ってただ行くだけっていう、そのパワーみたいなのはやっぱりウヒョ~って思うんですよ。 でも、その感覚はなかなか市販車ではない。でも、そのなかでも多分一番近いのは、フェラーリのF140系とかだと思うんですよ。プロサングエとかだって素晴らしく柔軟なのに、全開にすればドヒャー!っていうシンフォニーみたいなのはない。 清水:ヨーロッパの人たちは、そういうオーケストラをイメージした芸術性でV12を見ていて、トヨタはNVH(※騒音[Noise]、振動[Vibration]、荒々しさ[Harshness])で見ていて、ホンダは多分回転数。 ホンダだって市販車用V12をやりたかった? 「魂」はどこに宿すか? 高平:ホンダは市販車に乗せるクルマがなかったし、そこまでのブランド性がなかったから、V12を載せる市販車は作れなかったってこと。でも、なかにはやりたかった人たちもいっぱいいると思いますけど、NSXプロジェクトの途中でも、V8のスーパーセダン構想とかいろいろあったじゃないですか。だからV12を載せたい…そういうのもあったと思いますよ。 清水:川本さん(川本信彦/かわもと のぶひこ/本田技研工業の第4代社長/1967年ホンダF1エンジン責任者に就任)はNSXを開発している1988~89年頃、酔っ払うと上原さん(上原 繁/うえはら しげる/NSX開発責任者)に、「オマエ、悔しかったら1万rpm回せ!」って、ずっとプレッシャーかけていたからね! でも当時はV6のVTEC NAで8000rpmっていうのは凄かった。 高平:でも性能、ラップタイム、0-400m(ゼロヨン)とかと違うところで価値観を認め合う人たちがいてこそのV12なんでしょうね。 三部敏宏/みべ としひろ/本田技研工業株式会社取締役代表執行役社長兼CEO 清水:この前、三部さん(三部敏宏/みべ としひろ/本田技研工業株式会社取締役代表執行役社長兼CEO)と小さいワークショップがあった時、今までのホンダはVTECやS2000とか回転数に魂があった。今度それをシリーズハイブリッドにするとエンジンの回転はずっと一定数でいいみたいな、エンジンを従にして、モーターが主になる時代にアコードe:HEVの話をした。 三部さんに「アコードのe:HEVはどこにホンダの魂があるんですか?」って聞いたんだけど、「あれは良いクルマだろ」って! まぁ良いのはイイんだけど、昔はここ(エンジン)にホンダの魂があったじゃないですかと。それをシリーズにすることによって、エンジンとモーターの関係が変わってきたわけ。だから魂が今、必要なんだよ。 BMWは今、ステアリングに魂を入れていると思う。ステアリングにちょっと触っただけで、シャン!と切れる、切れ味の鋭いナイフのようなステアリング。メルセデス・ベンツと違ってね。各OEMはどこに魂を入れたのかっていうのは、これからの重要なところだと思う。アコードはいいクルマだよ。でも、魂が見えない。 高平:ああいうシリーズハイブリッドとかシリーズパラレルハイブリッドでも、魂を入れられる余地はあると思います? 清水:うん。具体的には何をどうしたらいいかはわからないけど、必ずどこかに魂を入れる余地っていうか、入れないと国際社会では生きていけないよね。シャシーも競争領域だと思う。ADAS(Advanced Driver Assistance Systems/先進運転支援システム)もね。 MF:この間のトヨタ/スバル/マツダの発表。あれもエンジンが従になる時代の新しいエンジンみたいな言い方していましたけど、あそこには魂が入りそうですか? 清水:例えば3気筒を4気筒にするというのは、“中国封じ込め作戦”だよね。中国人向けに4気筒にするだけで。4気筒にしたら出力は下がるから。3気筒で高速燃焼したエンジンを同じ排気量で気筒数を増やしたら単にフリクションが増えるから…っていう話。 もう1コ。1.6Lのヤリス・ターボが2リッターになるのは、これからユーロ7でターボエンジンがガソリン冷却できなくなるから。そうすると、ラムダワン(λ=1/理論空燃比に対する空気過剰率)で燃焼するから、ロープレッシャーにならざるを得ない。すると出力が得られないから排気量を上げよう、あるいはモーターで上げよう。 高平:そういう規制があって、それに対する要求出力があって、そこに合わせ込むためにはどうすればいいかと。 清水:でもボクは、エンジンはああいう風に変えるんだったら、エンジンのプロファイルが変わるわけだよね、高さとかいろいろ。っていうことは、ボンネット下げたらダッシュボードも下げなきゃいけない。つまり、プラットフォームの話だと思う。でもそこまでは言及していない。 エンジンだって言っているんだけど、いやいや、新しいエンジンを載せるにはプラットフォームを変えなきゃいけないでしょ。そこまではトヨタも踏み込んで考えてはいるけどまだ言ってくれない。みんなエンジンだけでなんとか主と従の関係を変えました!くらいの話なんだけど。マツダのロータリーもそうなんだけど、あれはプラットフォームを変えるっていう風に前提を読み解くと、凄く面白い話が出てくると思う。 ま、これは別のテーマ、プラットフォームの話で詳しくできればいいけど。 エンジンだけじゃどうしようもないよ。主と従の関係を変えたって、物事そんなに変わらないよね。それをどういう風にレイアウトして、どういう風に駆動させていくのか?っていうところが。 今後はV12と直3エンジンさえあればいい!? 高平:V12はちょっと別格の、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートみたいなものとして残るかもしれないけど、それ以外のマルチリンダーっていうのは、存在意義というかこれじゃなくちゃ!っていうのがなくなって、4気筒以下になっちゃうと。 清水:究極を言えば、V12と3気筒があればいいんじゃない?(笑) 高平:究極にすれば、もう間はなくていい!と。 清水:だって、2.0L 4気筒っていうのはあるにしても、少なくともV6の存在感ってないよね。V6をやるんだったらフェラーリ296GTBとかマクラーレンもそうなんだけど、120度にしないとダメ。なぜなら、モーターで走って静かで気持ちイ~♪って。で、エンジンがバンッ!とかかるその瞬間、120度のV6だったら気持ちいい。そこにはウィーンフィルがいる。でも、ロータス・エミーラ、あのハイブリッドはトヨタのV6(トヨタ製2GR-FE型 3.5L V6スーパーチャージャー)なので、エンジンかかった瞬間にえ…?ってなっちゃう。120度バンクだったらいいんだけどアレはV6の60度。 高平:いろんなものに使う汎用のエンジンだから、マージンを取っておかなくちゃいけない。マクラーレンも120度ですよね? 清水:だから、フェラーリもマクラーレンもわかっているんだよ。トヨタはその辺のV6を持ってきているから60度とか? パッケージで選んでいるから、狭角を。 高平:120度って昔聞いたことがあるな…と思って、ちょっと調べてみたんです。そしたら途中で変わっているんですけど、フォン・トリップス(※ヴォルフガング・フォン・トリップス/1950年代~のフェラーリF1ドライバー)が乗っていてフィル・ヒルが1961年にチャンピオン取ったシャークノーズのフェラーリ156(※156=1.5L 6気筒の意/1961~1064年に使用)、最初は65度V6でシーズン後半から120度になったんですよ。エンツォ・フェラーリのディーノエンジンは最初120度だった。 清水:4サイクルだから720度、2回転するからね。それを気筒で割ると120になる。だから、V6の理想的なバンク角は120度。理屈でね。でも、そんなもん日本の乗用車はパッケージで入れられない、横幅2m超えるから。 高平:フェラーリみたいな「エンジンのためならクルマを作り直してもいい」的な会社じゃないと。 清水:フェラーリ296GTB乗って、EVからエンジンかかった瞬間に気持ちイイ♪と思う。しかも両方気持ちいいのよ。アルトゥーラもEVで走って静かで気持ちいい。で、エンジンがバンってかかったら120度だからウワー気持ちイイ♪ 彼らはドライバーにとって何が気持ちいいのかっていうのはわかっているから、モーターからエンジンかかってもがっかりさせない。でもレクサスはNXだってRXだって、プラグインハイブリッドで電気で走っていると静かに気持ちいいね…なんだけど、エンジンがかかった瞬間に…ちょっとがっかりしちゃう。だから、主と従の関係はいいんだけど、がっかりさせない従のエンジンにならないと。 高平:V12があって直3があれば、直4だのなんだのはいらない? 直6も? 清水:直6こそ今、生きる道あるのかなぁ。だって横に置けないんだよ。 MF:BMWの”シルキー6”はどうするのでしょう…? 高平:いや~、あれもちょっとわからない。残るとしたら、直6ディーゼル、ランクルとかああいうのに使うものとして、みんなで共同して、1個ずつ作るんじゃなくて、トヨタもランドローバーも一緒に作っちゃいましょう!みたいな感じで残るっていうのは考えられますけど。アレはアレで、世界中の第三世界がある限り絶対必要なユニットなので、半分商用車の世界ですけど。 MF:日産RB26(※RB26DETT/第2世代GT-R[BNR32~34]に搭載された直6 DOHCツインターボエンジン)は…。 高平:RB26はいいエンジンだと思いますけど、あれはレースで改造できるように重く作りすぎているから。 清水:RB26は芸術性じゃなくて“武器”! WEAPON!! でもほんとにね、エミーラとフェラーリを乗り比べるとわかるよね。同じV6でもこうも違うかって。でもしょうがない、量産のV6だもん、トヨタは。かたやピンの120度V6だから。 清水:まぁ、エンジンの話題で言うと、私は日産の“可変圧縮比(Variable Compression Ratio Engine)”、あのエンジンは素晴らしい技術だと思う。けど今、事実上エクストレイルとアメリカのインフィニティQX50くらい。 高平:あと中国向けに載っています。e-Powerじゃなくてガソリンだけのも外にはあるんですけど、なんかほとんど広報しようとしていないです。いいエンジンだし、聞けば聞くほど面白い。 清水:今度、子安の日産エンジンミュージアム行こうよ。アソコにV12エンジンもあり、可変圧縮比のエンジンもある。最初のダットサン=DATSON(※田 健次郎(D)さん、青山禄郎(A)さん、竹内明太郎(T)さんの3人の息子/後にDATSUNに改名)時代のエンジンもある、エンジンだけのミュージアムがある。そこで話するのもいいね。大正初期の建物なので今、文化庁の産業遺産みたいになっている。楽しいよ! 高平:可変圧縮比は面白いですよね。 今、多分日産で一番お金がかかっているエンジンで、全部ミラーボアコーティングしてあって、リンクとかピンとかもダイヤモンドコーティングとか、浸炭硬化処理とかなんとかっていう、すごい高級な材料ばかり使っているエンジンなんですって。 【清水和夫プロフィール】 1954年生まれ東京出身/武蔵工業大学電子通信工学科卒業。1972年のラリーデビュー以来、N1耐久や全日本ツーリングカー選手権、ル・マン、スパ24時間など国内外のレースに参戦する一方、国際自動車ジャーナリストとして活動。自動車の運動理論・安全技術・環境技術などを中心に多方面のメディアで執筆し、TV番組のコメンテーターやシンポジウムのモデレーターとして多数の出演経験を持つ。自身のYouTubeチャンネル「StartYourEnginesX」では試乗他、様々な発信をしている。2024年も引き続き全日本ラリー選手権JN-6クラスに「SYE YARIS HEV」にて参戦。 【高平高輝プロフィール】 大学卒業後、二玄社カーグラフィック編集部とナビ編集部に通算4半世紀在籍、自動車業界を広く勉強させていただきました。1980年代末から2000年ぐらいの間はWRCを取材していたので、世界の僻地はだいたい走ったことあり。コロナ禍直前にはオランダから北京まで旧いボルボでシルクロードの天山南路を辿りました。西欧からイラン、トルクメニスタン、ウズベク、キルギス、そして中国カシュガルへ、個人では入国すら難しい地域の道を自分で走ると、北京や上海のモーターショー会場では見えないことも見えてきます。モータージャーナリスト清水和夫さんをサーキットとフェアウェイ上で抜くのが見果てぬ野望。 ・・・・・・・・・・・・・・ やっぱりみんな大好きV12! 試行錯誤でいろいろなエンジンを作ってきた世界のエンジニアたちには敬意を表したい。 さて、当然続きもある。どんな内容になるのか? 期待が膨らむ。
清水和夫
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