「どうすりゃいいんだよって思った」渡辺謙が『ライオン・キング:ムファサ』で悪役を演じて感じたこと
戦争や紛争がある今だからこそ、観てほしい
──ヴィランといえば、タカ(若き日のスカー)にも感情移入してしまいました。その後、どうなるかを知っているだけに切なくて……。 渡辺映画を観た人には僕が何を言っているかわかると思うんだけど、ストーリーが進むにつれ、タカが段々とキロスに似てくるんだよね。 ──それ、思いました! 渡辺そういった、ちょっとしたこだわりというかテクニックがちりばめられているのが、ディズニーの、ディズニーたる所以ですよね。人間もさ、生き方が顔に出てくるじゃないですか。もしかしたら、そういった部分を表現したいという意図があるのかもしれないなと。 完成版を観て改めて思ったのは、キロスも、ムファサも、タカも、(ムファサ、タカと共に旅をするヒヒ)ラフィキもこの作品のキャラクターはみんな孤独を抱えているということ。家族をなくして天涯孤独になったものもいれば、群れを追い出されたものもいる──。 そんなマイノリティである彼らが、自分たちの居場所を探しているという物語なので、誰に感情移入しても決して不思議ではありません。抱えているものはみんな同じで、今対峙しているものが何かによって、対応の仕方が違うだけだと思うんですよ。だから、自分の群れを守るために自分の群れを脅かすものを跳ね返そうとするキロスの気持ちは理解できるし、そういう役として演じようと考えました。 最近、思うんですよ。戦争や紛争があり世界は分断されている今、『ライオン・キング』の根源のテーマである“サークル・オブ・ライフ(生命の連環)”という考え方が、以前よりも遠いものになってしまった気がするんです。 ──わかります。 渡辺世界はいろいろな動物たちがいろいろな循環をしながら生きている“サークル・オブ・ライフ”という理念で成り立っている、「だからこそ、みんなで手を取り合って生きていきましょうね」という感覚って、『ライオン・キング』が誕生した1994年当時はもっと身近に、そして、リアルに感じられていたと思うんです。その感覚が今ではなくなりかけている。 相容れないものたちが力を合わせて生きていこうというのは、確かに困難なことです。食うか食われるか、弱肉強食のジャングルで生きている動物たちなんて、特にそうですよね。そんななか、この作品、そして、ラストシーンのムファサの言葉は “サークル・オブ・ライフ”という言葉から遠ざかっている僕たちを喚起させるようにも思えて、ちょっと泣けてきてしまいました。 (衣装協力 BRUNELLO CUCINELLI) ●『ライオン・キング:ムファサ』 前作『ライオン・キング』(2019)で、息子シンバを命がけで守った父ムファサ王。孤児であった彼の運命を変えたのは、ムファサの命を奪った“ヴィラン”スカーとの幼き日の出会い。血のつながりをこえて兄弟の絆でむすばれた彼らは、冷酷な敵ライオン・キロスから群れを守るために新天地を目指す旅に出るが……。「ずっと”兄弟”でいたかった」ムファサを偉大な王にした兄弟の絆に隠された、驚くべき秘密とは? ●公開情報 『ライオン・キング:ムファサ』 大ヒット公開中! 配給:ウォルト・ディズニー・ジャパ 監督:バリー・ジェンキンス 字幕版声優:アーロン・ピエール、ケルヴィン・ハリソン・Jr.、ティファニー・ブーン、ドナルド・グローヴァー、ビヨンセ、マッツ・ミケルセン、ブルー・アイビー・カーター 超実写プレミアム吹替版声優:尾上右近、松田元太(Travis Japan)、渡辺謙 2024 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved. ●プロフィール 渡辺謙(わたなべ・けん) 1959年、新潟県生まれ。1978年、演劇集団「円」の研究生時に受けたオーディションで蜷川幸雄演出の舞台『下谷万年町物語』の主演の座を射止めた。83年に「未知なる反乱」でテレビデビュー、84年、夏目雅子の遺作である「瀬戸内少年野球団」で銀幕デビューを果たす。87年のNHK大河ドラマ「独眼竜政宗」の主役に抜擢。大河ドラマ史上最高の平均視聴率39.7%をたたき出した。2003年にはトム・クルーズ主演の「ラスト サムライ」でハリウッドに初進出。第76回アカデミー賞助演男優賞にノミネートされる。その後も、クリストファー・ノーラン監督の「バットマン ビギンズ」や「インセプション」、クリント・イーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」などに出演してきた。日本映画では『明日の記憶』『沈まぬ太陽』で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞受賞。2015年にはブロードウェイ・ミュージカル『王様と私』の王様役でトニー賞にノミネートされた。阪神タイガースファンであることでもよく知られている。
長谷川 あや(ライター)