ウクライナ戦争が「きわめて21世紀的な戦争」だと断言できる「意外な理由」
ゼレンスキーの「プロパガンダ」
「キーウの幽霊」の事例は今日における情報の操作が恐ろしいほど低コストでかつ高ベネフィットな戦術であることを、そして情報の発信はそれが事実を伝えることではなく、人びとの欲望に応えることにおいて威力を発揮することを私たちに教えてくれる。 より正確には人びとが、1人の発信者としてその物語を語る快楽を利用することの有効性を証明している。 この「噂」を広めたのは、国家による大規模なプロパガンダではなく市井の人びとの発信だった。だからこそ、それは国境を越えた民意の可視化として威力を発揮した。 人びとはその実在が限りなく疑わしい「キーウの幽霊」について投稿することそのものに、情報を発信することそのものに強い高揚と快感を得ていたはずなのだ。 そしてこの虚構の英雄の存在は彼が実在しないことが瞬時に暴かれたとしても、危機を前にした「私たち」の連帯の高揚と快感を、そしてそれらが発信されることによって増幅することを人びとに十分すぎるほどに確認させたのだ。 この文章が書かれている2024年現在、戦局は膠着して久しい。この膠着は大半の人びとにとって、予想外のものだったはずだ。 開戦前「2週間保たない」と評されていたウクライナは、西側諸国の強力な支援を得て首都キーウを中心にもちこたえ、ロシアは戦線を大きく後退させた。そして開戦から最初の1年にあたる2022年の戦局は大きくウクライナ側に傾くことになった。 この戦況を生み出したのはウクライナ軍と国民の高い士気と、そしてそれを支える西側諸国の強力な支援であったことはすでに誰もが知っていることだ。 そして後者を可能にしているのが西側諸国の親ウクライナ、反ロシアに傾いた国民世論であり、これがウクライナのプロパガンダの成功によって醸成されていたことはもはや疑いようがない。 ウクライナの大統領ゼレンスキーが、喜劇俳優出身であることは広く知られている。彼はテレビ番組の政治風刺ドラマで架空の大統領役を演じ、そのイメージを用いて現実の政治に進出して今日の地位を手に入れた。その選挙は彼が所属する劇団を母体とした政党によって、主演を務めた『国民の僕』の最新シーズンとして演出された。 ゼレンスキーは、少なくとも2022年当時において、情報社会下の民主主義におけるもっとも効果的なプロパガンダの方法を実践してみせた政治家であったはずだ。 そのプロパガンダとはかつてのように、英雄の活躍を一方的に発信するものではなく、それを受け取った人びとにボールを預け、シュートをうながすパスであることによってしか成立しない新しいかたちのものだ。 クレムリンにスーツで君臨し、陰謀論めいた国民の物語を語るプーチンの旧態依然とした独裁者のイメージをなぞる振る舞いに対し、カメラの前にTシャツ1枚で登場し、ロシアの非道への抵抗と、ウクライナへの人道的な支援を呼びかけるゼレンスキーの「役者の違い」は明白だ。そして両者の情報へのアプローチの差こそが、戦局に大きく反映されていたのだ。 そして現在における膠着状況が、西側諸国のウクライナへの関心低下によることもまた、疑いようがない。