銅メダルの裏側にあったもの/松山英樹のコーチ・黒宮幹仁が語る2024年の歩み<前編>
メダルを獲らせるために黒宮も相当な準備をしてきたが、その陰には最後の最後までサポートを怠らない姿勢がみえた。「最終18番、決まれば銅メダル確定のパットを松山プロが外して。早くプレーオフの準備をしなきゃって、クラブハウスに向けて猛ダッシュですよ」 黒宮は急ぎ練習グリーンに行き、松山が上がってくるのを待った。「今の18ホールを見て、彼に何をしてあげられるのか、どんな準備ができるのかを考えました。残り時間を考えてもパットしかない。ではパッティングで何が必要かってなった時に、彼があまりにも手が動かなくなっていたんです。そこでロングパットを連続で打ってもらうという結論に至りました。あれだけのプレッシャーの中で戦っていて、ちょっとした過呼吸に見えたのもあって、ゆったり長いストロークで打ってもらって呼吸を落ち着かせたかったのもあります」 18番グリーンから小走りで上がってきた松山は、第一声「手が動かない」と黒宮に言った。「もう見た通りだ」と黒宮は確信し、すぐさま15m近いロングパットの連続打ちを始めてもらった。「アドレスなど気にせず、振り幅とテンポだけに集中してもらって、リラックスしながら打ってもらいました。30球ぐらい打ってもらうと体もほぐれてきて、スタート前の感じに戻ってきたんです」。ちょうど松山のストロークが戻ってきた頃に『銅メダル確定』の電話が入った。
最後まで準備を怠らないその姿勢。たとえプレーオフに入っていたとしても、松山の銅メダルという結果は変わっていなかったかもしれない。
異常な雰囲気だったマスターズ
今年ほど松山が絶好調で迎えた「マスターズ」は今までなかった。黒宮にとっては2度目のオーガスタ。前回の帯同時は松山が首の痛みと戦っていた時期で、まともな準備ができていなかったが、今回は万全の状態で試合に臨めていた。「パワーランキング(優勝者予想)も4位。ジェネシスで優勝した後、アーノルド・パーマー招待も12位、プレーヤーズ選手権も6位。『これは来るぞ』ってチームのみんなの熱量も高くなっていました」と黒宮は当時のチームの雰囲気を振り返った。 それだけに、初日の出遅れは予想外だった。「朝の練習からちょっとおかしいってなって感じていたんです。松山プロと早藤キャディを見ると、どこかいつもと違う雰囲気だった。トラックマンの数値を見ると、ボールスピードがすごく出ていて…。朝イチ1番のティショットはドライバーで絶対打つのですが、『下手したらクリーク(5W)でいくんじゃないか』ってくらい、めちゃくちゃスピードが出ていたんです。アドレナリンの制御ができなくなっていた」