パリオリンピック開会式「謎演出」を《世界一のブランド》ルーヴル美術館の戦略から読み解き直す
セーヌ川に流された《モナリザ》の行方は
2024年7月26日のあの大雨の前代未聞の開会式をちょっと思い出してほしい。ルーブル美術館がその舞台となったのだが、このたび上梓した『ルーヴル美術館 ブランディングの百年』をちょうど執筆中だった私にはもともと予想されたことだった。この本において私は、ルーヴルはもはや単なる美術館ではなく、世界中の誰もが知る有名ブランドとして国際的な「情報発信地」となっている、と書いた。まさにそのとおりの光景が繰り広げられたのである。 【写真】パリ五輪の謎演出を美術史家があらためて読み解く 開会式では、各国の選手団がバトー・ムーシュに乗ってセーヌ川を下った。そして、川沿いの歴史的モニュメントを使い、盛大なイベントが繰り広げられた。ルーヴル美術館もイベント会場となり、この美術館の「顔」である貴婦人《モナリザ》が、映画『怪盗グルー』シリーズの人気キャラクター「ミニオンズ」とともに登場した。 この演出がネットをざわつかせた。ミニオンがこの名画をルーヴルから盗み出したうえに、潜水艦のなかで危険に晒し、挙句、沈没し、作品が水没したからだ。セーヌに浮かんだ《モナリザ》はどこに流されていったのだろうか? ネットでは「伏線が回収されていない!」というツッコミもあったが、結局《モナリザ》の行方は分からず仕舞いだった。「ありえん、なんといい加減なストーリー!」 無垢な子どもがこの開会式の映像を見たなら、この傑作が行方不明になったと思い込んでしまうだろう。 ルーヴル公式Xはすぐさま翌日に、「モナリザは見つかりました。……ミニオンたちは許してあげる」とポストしている。さらに2日後の7月29日には「モナリザはルーヴルで安全に守られ、1ミリたりとも動いていません。彼女は美術館で訪問者のみなさんを待っています。美術館はオリンピック期間中も開館しています」というフォローのコメントまでする念の入りようだ。
ハリウッドも大統領も過激派も引き寄せる
ルーヴル美術館は、早くは1960年代から映画の舞台となり、ハリウッド・スターが《モナリザ》や《サモトラケ島のニケ》と対面する写真が世界中に拡散した。1989年にパリで開催されたG7サミットでは主要先進国首脳がガラスのピラミッドの前で写真撮影を行い、2017年には同じピラミッドの前でエマニュエル・マクロンが大統領選挙の勝利宣言をした。 最近では過激な環境保護団体がルーヴルを舞台に、《サモトラケ島のニケ》の前で「黒い河」のパフォーマンスをしたり、ジェリコーの《メデューズ号の筏》の前でただ寝そべる抗議運動をしたり、あるいは、お騒がせ者が《モナリザ》の防弾ガラスにホイップクリームを塗りたくるなどしている。美術とは関係のないイベントやパフォーマンスの舞台としてルーヴルは選ばれ、さらには違法的行為の情報発信の場として活用される始末である。どうしてこんなことになってしまったのか。 今回の開会式をみれば、その答えはおのずと透けて見えるだろう。有名な名画や彫刻を背景にすれば、ヴィジュアル的に映える動画が簡単につくれる。じっさい、開会式に登場したルーヴルはすぐにネットの話題となり、《モナリザ》はどうなったのか、とざわついた。また、聖火は最後にルーヴル美術館前のテュイルリー公園から気球にのって舞い上がったが、ルーヴル宮殿上空に舞う美しい気球を撮影した写真が多数残され、ネットで拡散している。