パリオリンピック開会式「謎演出」を《世界一のブランド》ルーヴル美術館の戦略から読み解き直す
セーヌ川から覗く「妖しい顔」もルーヴルの住人
セーヌ川の選手入場のシーンでは、川面からひょっこり額と目のぞかせる6人の顔が「不気味」だと話題になった。正直に言って意図がよく分からない演出だったが、彼ら、彼女らはみなルーヴル美術館の住人であることだけは確かである。 ちょうど日本人選手団の紹介の際に背景に映り込んでいたのでご記憶の読者も多いだろう。顔半分を見せるのは、マリー=ギユミーヌ・ブノワの《黒人女性の肖像》(1800)、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの《いかさま師》(c.1636)、イスラーム絵画の《シャー・アッバース1世と小姓》(1627)から小姓、フォンテーヌブロー派の《ガブリエル・デストレとその妹》(1594)、そして、古代エジプト美術の《ハトホル女神とセティ1世》(B.C.1290-B.C.1179)からセティ1世であった。かなりマニアックなセレクションである。引用元などについては、ブログ「アートおたくのパリ滞在記」(2024年7月27日)に詳しい。 いかさま師や愛妾、小姓など妖し気な作品セレクションをした理由はよく分からない。いずれも頭髪や髪型に特徴があるので、造形的観点からインパクトのあるものを選んだだけか、あるいは後述のパフォーマンスのキーワードとなった「多様性」の表現といったところなのだろう。いずれにせよ、人物たちの目が左右に動いていることから、選手入場を見物するために絵の中を飛び出し、さらには美術館を飛び出した、という設定になっていることが分かる。
正体は《民衆を導く自由》だった?
聖火をもつ謎の人物が屋根から侵入したのはルーヴルだった。最初に降り立ったのは、ルーヴル最古の部屋のひとつ「カリアティードの間」(1515-1547)であり、まず目に入る作品は古代ローマ時代の《ヴェルサイユのディアナ》像(125‐150)である。なかなかマニアックなセレクションだと感心するのもつかの間、謎の人物は、有名な《サモトラケ島のニケ》のある大階段を駆け上がり、さらに《ミロのヴィーナス》のある彫刻室を通りすぎ、フランス19世紀絵画の傑作が並ぶ小ギャラリー(通称「赤の間」)へと向かう(ちなみに、この動線は無茶苦茶で、現実には彼が駆け抜けた順に展示室を駆け抜けて作品を見ることはできない)。 「赤の間」では、映画『ナイト・ミュージアム』さながらに、絵の中の人物が動き出し、絵を飛び出す。暗殺されたマラーがダヴィッドの絵画から飛び出し、ジェリコーの《メデューズ号の筏》も、ドラクロワの《民衆を導く自由》も、もぬけの殻となっている。飛び出した絵の中の人物は窓辺にたむろしている。窓からセーヌ川を見下ろし、選手入場を見物しているという趣向だ。窓から見るのに飽き足らず、美術館を飛び出して、セーヌに潜って見物するのが先の6人というわけである。 こうしてみると、グランパレの屋上でラ・マルセイエーズを歌ったアクセル・サン・シエルは、ドラクロワの《民衆を導く自由》(1831)から抜け出した自由の寓意像ということかもしれない。ディオールの白のドレスに右手にトリコロールという姿が、共和国の寓意像であることは間違いない。