サスペンス・スリラー作品『ニューノーマル』で魅せたチェ・ジウの新境地「私にはムリです、と一度お断りしたんです」
韓国でホラー映画興収歴代2位を記録した『コンジアム』(18)の監督である“Kホラーの巨匠”チョン・ボムシクの最新作『ニューノーマル』(公開中)は、6篇のストーリーで構成されるオムニバスサスペンス。日常に潜む誰にでも起こりうる恐怖を描いたこのオムニバスの1話目の主人公で、観客に作品の方向性を示す役割を担ったのが、映画出演が久々となるチェ・ジウだ。監督たっての希望でキャスティングされた彼女は、新たな一面を魅せて強烈な印象を残している。今作のプロモーションの為に緊急来日したチェ・ジウに「一度断った」と言う役柄について、また、久々の日本での活動への想いや、結婚、出産、コロナ禍を経て起きた自身の変化などについて尋ねてみた。 本作で新たな一面を魅せてくれたチェ・ジウ ■誰にでも起こりうる、決して他人事ではない恐怖 『ニューノーマル』の6つのストーリーの主人公たちは、皆孤独だ。アポ無しで訪れた報知器の点検員を部屋に入れてしまった1人暮らしの女性、車椅子のトラブルで困っている老婆を手助けする中学生、デートアプリで繋がった顔も知らない相手と待ち合わせする女性、自販機で偶然見つけた手紙に導かれロマンスを期待して指定の場所に向かう大学生、隣に住む美女を連日盗撮するだけでは足りずに行動をエスカレートさせる男性、連日クレーマーや酔っ払い客に辟易しているコンビニバイトの女性…他者との繋がりを求めた人々は、ほんの数分前まで予想もできなかった事態に巻き込まれていく。そのどれもが観客にとって他人事ではなく、自分や周りで起きてもおかしくない恐怖を感じさせる。 だが、怖がらせるだけではなく笑える描写もあり、緊張と緩和の絶妙なバランスが観客を物語に集中させていく。また、6篇終了後に流れるキャスト紹介で、全員それぞれの居場所で1人ぼっちで食事をしている姿が映し出されるのだが、misoの「ALONE」という歌がせつなさを駆り立て、「誰もが孤独を抱えて生きているのだ」と改めて感じて、ちょっと泣きそうな気持ちにさせられる。このように、ただのホラーとは一線を画す演出が随所に見受けられる。 6つのストーリーは独立しているが、登場人物たちは彼らが気付いていないレベルで緩く繋がっており、6つの事象は4日間で起きた事として、時系列を前後させながら展開していく。その為、何度も見返すと「この人物は、あの日ここに居たのか!」「これは、あの日の“アレ”だったのか!」と、人々の繋がりに気付けたり、答え合わせをするおもしろさもある。 この孤独な主人公たちを演じているのは多彩な俳優陣。「イカゲーム」で顔を知らせたイ・ユミ、ボーイズグループ・SHINeeのチェ・ミンホ、同じくボーイズグループ・Block BのP.O(俳優活動名は、ピョ・ジフン)、“トロット王子”と呼ばれる歌手、チョン・ドンウォン、今作が長編映画デビューとなる新人女優のハ・ダイン。俳優としてまだ色が付いていない彼らが演じることで、キャラクターのリアリティが増している。 このように、これからキャリアを積み重ねていくのであろう面々のなかで、キャリア、知名度、実力、すべてにおいてケタ違いな存在がチェ・ジウだ。彼女が演じるのは、先述のように1つ目のストーリー「M」の主人公、ヒョンジョン。 彼女の物語は4日間のうち、2日目にあたる。ある晩、ヒョンジョンの部屋を「火災報知器の点検に来た」と告げる男が訪ねてきた。「大家から聞いていない」と言う彼女に、男は「そう言われたのはこれで5軒目」と愚痴り、彼女の部屋が最後で、さっさと終わらせて帰りたいから中に入れろ、とドアを叩く。最近、1人暮らしの女性をねらった連続殺人事件のニュースが世間を震撼させており、ヒョンジョンは一瞬ためらうが、結局ドアを開けた。下品で無礼なその男は点検をしつつも不快な言動を繰り返す…。 ■「どうして私に…?と戸惑いました」 このヒョンジョン役をキャスティングするにあたり、チョン・ボムシク監督は「この役をどうしてこの俳優が?」という意外性を求め、まず浮かんだのがチェ・ジウだったという。オファーに対して彼女は「えっ!?なんで、どうして私に…?」と驚き戸惑い、「いままで演じた事のない役柄だったので、私に出来るんだろうか…と悩んで、一度は『申し訳ないのですが、私にはムリです』とお断りしたんです」と当時を振り返った。 だが監督は、どうしてもチェ・ジウに演じてほしい、と諦めなかった。チェ・ジウは「監督は、私のなかの新しい姿を発見して、それを引き出したい、と仰ったんです。たくさんの方に支持された『コンジアム』を撮った方なので、監督に対する信頼も大きく、挑戦してみよう、と欲が生まれました」と、出演を決めた理由を語った。 加えて「脚本がおもしろかったことも理由の1つ」だと言い、「ただ怖いだけじゃなくて、ウィットに富んでいて笑える部分もあるところが気に入りました。また、ひと昔前は幽霊が一番怖いとされてましたが、最近は人間のほうがもっと怖いかもしれない…そんな怖さの境界の壁を崩す映画だと感じたんです」と、この作品の特徴を説明した。 ■「役作りは『M』という古いドイツ映画がヒントになりました」 ヒョンジョンについて、作品中では“1人暮らし”以外、職業、性格、バックボーンなどなにもわからない。それは観客だけでなくチェ・ジウにとっても同様で「最初、監督からもヒョンジョンについて細かい説明はなくて、過去にどんな生活を送ってきていまの彼女になったのか、など想像するしかありませんでした」と、役作りに苦戦した様子。すると、監督から「Chapter.1」のタイトルにもなっている『M』(31)という、“サイコスリラーのルーツ”とも言うべきドイツの映画を観る事を勧められたそう。「それを観て、監督がなにを求めているのかを理解しました」と彼女は語る。その後、監督が考える“ヒョンジョン像”も明かされ、役を膨らませていったそうだ。そして「ヒョンジョンについて、1人暮らしで口数も少ない女性、という以外の部分を皆さんも想像しながらご覧になるとおもしろいと思います」と、鑑賞ポイントを提案してくれた。 ■「何でも自然に受け入れるように心がけています」 “第一次韓流ブーム”のきっかけとなり、チェ・ジウを日本で一躍有名にした「冬のソナタ」がNHKで放送されてから21年目となる今年、TBS系「ブラックペアン シーズン2」で久々に日本のドラマに出演した彼女。その間、結婚、出産を経験しながらも韓国でほとんど休みなく活動していたが、日本では韓流ファン以外にはごぶさた感が強かったのではないだろうか。その点について彼女は「『冬のソナタ』で私が演じたユジンの初々しい姿が記憶に残っている方が多いと思うので、月日が経って歳を重ねた現在の私を、日本の皆さんが温かく迎えてくださるか心配でした」と、不安だった気持ちを打ち明けてくれた。 だが、そんな心配は無用で、日本の視聴者たちはチェ・ジウとの“再会”を喜び、日本での歓迎ぶりに彼女はとても感謝していた。また、以前と変わらない可憐で美しい姿に多くの称賛が集まった。美しさを保つ秘訣を尋ねると「特別な事はしてないんですけど…なにかあるかな?おいしい物を食べるのも大好きですし、友だちとお酒を飲んだり、仕事終わりにスタッフの方々とビールを飲んだりするのも小さな幸せですし…」としばらく答えを探し、「なんでも自然に受け入れるように心がけています」と、変化に無理に抗わず“自分らしくある事”を挙げた。 ■「結婚、出産…いろんな変化を長所として、今後演技に活かしたい」 そして母親になったことは、チェ・ジウにとって良い影響をもたらしたようだ。まずは「子育てを通して物事をポジティブに考えられるようになった」そう。そして「娘が生まれて51ヶ月目なんですが、その成長を見守るのが最近の一番大きな幸せです」と微笑んだ。「娘と一緒に色々な所に旅行に行きたいですね。様々な体験をさせたいし、私自身も新たな経験をしたい」と母親の顔を見せる一方、「娘がもっと幼かった時は、いま以上に母親が必要な時期だったので育児に比重を置いていましたが、最近は仕事とのバランスを上手く取れるように努力しています。これからは(女優と母・妻という)二兎を追いながら、新しい姿を見せていきたいです」と、新たなフェーズに入ったことを告げた。 結婚、出産、そしてコロナ禍と様々な変化を経たチェ・ジウの“ニューノーマル”はなんだろうか。「『ニューノーマル』の冒頭で、いくつもの凄惨なニュースが流れるんですが、あれはすべて実際の事件です。本当に恐ろしい、驚く事件ばかりで、そんなニュースを見聞きするたびに、世の中どうしちゃったんだろう…って、委縮するし怖くなります。だからいま、すごく集中して1日1日を幸せに過ごそうと努力しています。これが私の“ニューノーマル”ですね」と答えてくれた。 続けて「様々なことを経験して、感情の幅が広がったと感じています」とも話し、「このような変化を長所として、今後演技に活かしたいですね。女優としてプラスになるし、役柄にこだわらずに演じて、みなさんにもっと私の新しい姿をお見せできるのではないかと楽しみなんです」と、自身もまだ知らない姿への期待感も覗かせた。演技の幅を広げながら、チェ・ジウはまだまだ進化を続けていく。 取材・文/鳥居美保