「弱者男性」は「差別」されているのか? 社会から“排除”されてきた「低学歴中年男性」の支援に必要な視点
「モテない、職がない、うだつが上がらない」
伊藤教授:92年に活動を開始した社会運動グループの「だめ連」 の参加者は、自分たちのことを「モテない、職がない、うだつが上がらない」と表現しました。この言葉は、90年代以降の日本で男性たちに起こった問題をうまく表現しています。 「モテない」は「恋愛弱者」のことです。「男性は正社員になって家族を養う」ことが当たり前ではなくなり、結婚できない男性が急増しました。 「職がない」は「経済的弱者」のことです。貧困の正式な定義は「等価可処分所得の中央値の半分を下回る」ですが、そこまではいかなくとも中央値は下回る、「プチ貧困」に苦しむ人が増えました。 「うだつが上がらない」は「コミュニケーション弱者」のことです。産業構造が変わったことにより労働においてもコミュニケーション能力が求められるようになり、教育政策でもコミュニケーション能力を重視するようになりましたが、教育が間に合わず変化に対応できない人が多く生じました。 経済やコミュニケーションと恋愛・結婚は結びついているため、これらのいずれも持たない「弱者男性」が、とくに就職氷河期世代に多く登場することになりました。つまり、弱者男性とは、社会の変化の "ワリを食った”存在なのです。
「日本型福祉社会」を復活させることはできない
――男性たちのなかには「女性の社会進出を抑えろ」と主張する人もおり、性別役割分業に基づく「日本型福祉社会」の復活を求める人も多くいるように思えます。 伊藤教授:まず、従来の日本型福祉社会は産業の中心が製造業であることや経済が安定的に成長することを前提とした、限定的なシステムでした。現在の社会に復活させることは、実際問題として不可能です。 また、そもそも日本型福祉社会は非常に抑圧的であり、復活させるべきでもありません。女性が生きるためには結婚するしかなく、男性にも正社員になり続ける以外の選択肢はほとんど存在しませんでした。 昭和時代の社会を理想化して郷愁を抱く人は、若者の間にも多くいるようです。また、左派やリベラルの間にすら、90年代以降に規制緩和や雇用の流動化を進めた「新自由主義」政策を批判するあまり、日本型福祉社会の復活を主張する人がいます。 しかし、新自由主義的な政策にはさまざまな問題があるとはいえ、日本の抑圧的な「ムラ社会」を是正したことは事実です。昭和の社会に郷愁を抱く人は、そこで実際に生じていた抑圧を想像できていないと思います。