まるで「江戸時代の少年ジャンプ」…幼馴染との淡い恋や故郷に迫る大悪党との対決も!青春盛りだくさんな「歴史小説」
『夏雲あがれ』あらすじ
東海地方のとある小藩で、別れ別れになろうとしている竹馬の友が集っている。ひとりは藩主の江戸参勤の御供衆として明日には国許を出立する曽根仙之助、ひとりは将軍家台覧の武術大会に藩代表として出場する花山太郎左衛門、城下にただひとり残ることになった筧新吾である。彼らは巣立ちの季節をむかえ、それぞれに進むべき道を模索していた。 ことに、新たな旅立ちをしたふたりを見送った新吾は、おのれひとりが大人になりきれず、取り残されたような寂しさを味わっていた。徒組30石の三男坊として生まれた身とあってみれば、どこぞに養子としてもぐりこむより他に身を立てる術がないのである。 その新吾にチャンスが巡ってきた。太郎左衛門が江戸で不始末を仕出かし、代わって武術大会に出場することに決したのだ。勝ちを制すれば、おのずと前途は開ける。 新吾は勇躍、江戸へ向かった。藩領の外に出るのは生まれて初めての経験だ。見るもの、聞くことすべてが新鮮な驚きである。天竜川の大きさに目を見張り、神々しい富士の山容に感動する新吾なのであった。 旅の途次、刺客に襲われたのは、7年前の事件が尾を引いているらしい。藩校創設をめぐって、大人たちの権力闘争に巻きこまれたのだった。一方の首魁であった藩主の叔父にあたる蟠竜公が、またぞろ暗躍しはじめたようだ。 無事に江戸入りした新吾は、太郎左衛門、仙之助と再会を果たす。しかし、藩主の危急を救った際に手傷を負い、武術大会は辞退。3人は力を合わせ、藩主暗殺をもくろむ蟠竜公と対決するのだった。
読みどころ
本作は、『藩校早春賦』(集英社文庫)の続編で、前作から7年が経過しているという設定。新吾と仙之助は22才、太郎左衛門は23歳になっている。武家の世界では、とうに妻帯していてもおかしくない年齢だが、3人ともに青年に特有のみずみずしさを失っていない。若々しい息吹が全編を染め上げる青春小説である。 江戸まで65里の道程、新吾は藩領の外に出るのは初めてだ。 新吾らは第一夜を藤枝宿の旅籠で迎える。強行軍で疲れているはずなのに、新吾は眠れなかった。庭に出て、降るような夏の星空を見上げているうちに、出立前夜のことを思い出し胸が騒いだ。 思いを寄せている隣家の志保と別れたせつなさがこみ上げてきたのである。寝静まった夜の庭の垣根越しの別れであった。 新吾は言いたかった。武術大会に勝ち、養子の口がかかるようになったら、妻になってほしい、と。志保はその気十分、触れなば落ちん風情である。だが、言えなかった。 垣根は、隣家と我が家を仕切っているだけではなく、恋するふたりをも隔てる障壁なのであった。みやげには「関屋の帯を」という言葉を聞き出すのが精一杯の新吾だ。 青春を「青い春」なんて言ったのはどこのどいつだ140年前の青年は、ほろ苦い思いでつぶやくのである。