無名だった中国企業バイトダンスは、なぜ動画アプリ「フリッパグラム」を買収したのか?
イーミンにとって、フリッパグラムは魅力的な提案だった。非常に強力なコンテンツを生みだすツール――日常的にユーザーが使いたいと思っているチャート入りしたヒット曲や動画を飾り付けるフィルターや、スタンプに簡単にアクセスできるツールだ。だが、それがどうユーザーの役に立つかはわからなかった。 人々はフリッパグラムで動画を作るだろうが、それをこのアプリに投稿するのではなく、完成した動画を保存し、別のソーシャルネットワークで開いて、そこに投稿する。 このアプリが人気を得たのは、動画にはそれがフリッパグラム内で作られたことを示すウォーターマークを付けて別のアプリに持ち込まれることで、より多くの人がその動画をチェックするようになったからだ。それはのちに、ティックトックが人々の意識のなかにするりと入り込んでいくためのヒントとなった。 それ以前からバイトダンスは、情報収集アプリのトウティアオで磨きをかけ、自社の別アプリで微調整した強力なレコメンデーション(おすすめ)システムを所有していた。そのシステムのおかげで、コンテンツの種類に関係なく、人々が望んでいるものを本質的に理解することができた。それぞれがもっていないものを、相手が提供してくれる。この関係は完璧にフィットすると思われた。問題はシンプルだった。 「イーミンは言ったんだ。“当社は必要なテクノロジーをすべてもっている。御社は必要なコンテンツをすべてもっている。一緒になったら何が起こると思いますか?”」とボルトンは振り返る。彼は自身の新事業であるAIを使ったオーディオプラットフォーム、“スーパー・ハイ・ファイ”の計画にこの3年間を費やしていた。 その答えは成功だった。バイトダンスはフリッパグラムを買収し、ボルトンは北京での滞在を増やし、バイトダンスのために働いた。この会社の労働倫理は、ロサンゼルスとまったく違っていた。 毎朝8時にオフィスに着くと、デスクで社員たちが眠っているという光景をしょっちゅう目にした。だが、社員たちは世界規模の展望とボス自身が持ち込んだアメリカナイズされた文化を共有していた。 「イーミンはとても親切で礼儀正しく、他人への敬意を忘れない人だった」とボルトンは語る。彼は読書好きの優等生で、髪を短く刈り、穏やかな物腰の人だった。 ボルトンは音楽界に精通しており、フリッパグラムのためにレコード会社数社と仲介社を通じて契約を交わしており、バイトダンスにおいても同様のことをするために迎え入れられたのだ。「私には彼らがもっていない情報、知識、経験があり、彼らはそれを学びたかったんだ」とボルトンは話した。
クリス・ストークル・ウォーカー/村山 寿美子