約3.8億年前、樹木はなぜ突然出現した?「最古の木」の化石探求(上)
地球は46億年前に誕生したといわれています。そして生命は約40億年前に生まれ、わたしたちホモ・サピエンスの種が初めて現れたのは、およそ20万年前といわれています。 では質問です。最も古い木はいつ出現したでしょうか? そしてどのように地球上のあちらこちらに森林は広がることができたのでしょう。 地球上の「最古の木」について、古生物学者の池尻武仁博士(米国アラバマ自然史博物館客員研究員・アラバマ大地質科学部講師)が、執筆します。 ----------
「森羅万象」としての樹木のイメージ
シェークスピアの「マクベス」において、「森」は重要な意味をもってその悲劇的な最後を演出する。「海辺のカフカ」の主人公の少年は、ストーリーの終盤に、森の中に何かを求めて疾走する。動物園やコンビニの中では、こうした雰囲気はとても出せない。 森の中へ一歩足を踏み入れたときの「あの感覚」といえば、どなたも「そうそう」と膝をうって共感していただけるのではないだろうか。そこには世界共通の価値観や神秘性のようなものがあるようだ。例えば日本各地に建てられた神社は、たくさんの意味深げで思慮に富んだいでたちの樹木達に囲まれている。歴史を通し、こうした場所を人々はあえて選んできたのだろう。 「森羅万象」 ── 多くの生物の生を支え、万物存在の源のシンボルとしての森林。現在、樹木は我々にとって最も身近な生物グループの一つなのは間違いないだろう。特に日本において、その国土の66%近くが森林に覆われているという。(そう、日本は「森の国」なのだ。) さて、ここでもっとも見慣れた生物グループである「樹木」について、あらためて質問を一つ。生物の進化史において、「最古の木はいつ頃」出現したのだろうか?(ご存知の読者の方はどれくらいいるだろうか?) 最古の木はどのような姿をし、どれくらいの大きさだったのだろうか?。そしてどのようにして樹木は広範囲に、いわゆる「森林」というユニークな生物の集合体として、地球規模に分布したのだろうか? 樹木はあまりに身近な存在すぎて、このような問いかけを普段いだく方はほとんどいないかもしれない。昼食後、公園のベンチに腰をかけ、改めて周りの木を見回してみると、何か答えが返ってくるかもしれない。非常に身近な存在の生物たちにも、(当然)地質年代を通した、長い進化の歴史が潜んでいる。そしてその秘密は、化石記録の中に隠れている。(この連載のテーマだ。) それでは、地球史において、「樹木が現れる前の陸地」はどのような光景だったのだろうか?「樹木が現れる前の大地のイメージ」 ── 是非、ここでイマジネーションを一つ働かせて頂きたい。 もしかするとSF映画などで見かける、生物がまるで見当たらない惑星に近かったのかもしれない。岩肌がゴツゴツとむき出しになり、乾いた風が絶え間なく吹き荒れるあのイメージ。(そういえば「インターステラー」(2014)という映画の中で、このようなシーンを見かけた。) 現在、森林の中には、樹木以外にもたくさんのほかの生物達 ── 大小様々な動植物や菌類、コケから微生物など ── が見られる。こうした生物相も、森林が太古の昔に出現するまで、進化上、見られなかったことだろう。 今回は(お察しのとおり)「最古の木」を取りあげてみたい。 化石記録をのぞいてみると、最古の木はデボン紀中期の終わり、そして森林はそのすぐ後にあたる「デボン紀後期のはじめごろ」に出現したと考えられている。今から約3億8500万年前のことだ。その後、デボン紀の終末までの(わずか)2600万年の間に、この巨大な陸生生物の個体 ── 「樹木」 ── は、世界各地の大陸へと進出していった。地質年代上、そして植物の進化史上、この森林の放散と適応プロセスは、非常に短期間の間に起こったといえる。(これははたしてどうしてだろうか?) そして、化石標本においてはっきり「木と判定する」ためには、その定義も重要だろう。他の多数(現在)知られている陸生植物グループと種の中で、「木」とは、はたして何なのか?(この問いかけにすんなり答えられる読者の方は、あまり多くないかもしれない。)