日本の伝統工芸品を「世界で売れる」化するためにやったこと
説明力とスピードが海外競争の勝敗を分ける
2022年。ニューヨークの一等地に、世界有数の五つ星ホテルがオープンした。80室を超える全客室の壁面に掲げられたのは、日本の国宝である長谷川等伯筆「松林図屏風」の複製だ。同作品の使用を実現させた立役者が、堀井だった。 同作品を「理想」としながらも、「日本の国宝」という敷居の高さから使用を躊躇していた設計担当者。他の作品で代用することも検討していた設計担当者に、堀井は長谷川等伯の芸術観や生きざまを伝え「こんな作品を描ける画家は現代には存在しない。この絵を使うべきだ。僕がなんとかしてみせる」と訴えた。 事実、堀井は東京国立博物館などと交渉を重ね、同作品の利用を実現させた。 「作品の歴史的背景だけでなく、作者の生き方や人間性、それを扱う僕自身の願いまで、言葉によって訴えかけることが大切。どんなにいいプロダクトでも、作るだけでは売れない。情報こそが、モノの価値を変える」と堀井。 海外市場では、意思決定の速さも重要だ。国内とは比べ物にならないほどの数の競合他社が存在する海外では、素早い経営判断ができるかどうかが勝敗を分けると感じる。前述のリッツ・カールトンの事例では、商談から契約締結までの期間は、わずか1ヵ月だった。 「日本企業は交渉の場に立つ従業員が決定権を持たず、些細なことでも判断を持ち返る傾向がある。だが、世界の競合他社とシェアを奪い合う海外市場においては、スピード感のある経営判断ができる人材でなければ戦えない」と堀井は語る。
日本の伝統工芸産業を、「異端」が変える
高級ホテルを数多く手掛けるロンドンの大手設計事務所に、日本の伝統工芸品を持ち込んだときのこと。 集まった設計士や関係者らがサンプルを手に取り、感嘆の声を上げた。「これ、本当に手作り?」「こんな技術が現代に残っているなんて、信じられない」「サンプルを展示したショールームはないのか」と彼らは言った。 「日本の伝統工芸品は、世界では新鮮かつノスタルジックなアートとして認識される。こうした外部からの目線こそが、日本の伝統を活性化する刺激になり得る」と堀井は言う。 内向きになりがちな伝統工芸産業には、変化の兆しも見える。家業としての事業承継割合が減少する一方で、地元以外の出身者、ITや製造業などまったく異なる業界で経験を積んだ若者たちが新規従事者となるケースが増えている。そうした“異端者”のなかには、これまでになかった作風や手法で、伝統に新たな風を吹き込もうとする職人たちがいる。 堀井は今後、こうした新しい感性を持つ職人たちの発掘や新たな商材開発にさらなる力を入れる方針だ。 「日本の職人や芸術家たちは、命がけで海を渡り、国内技術を進化させてきた。異なる感性とコミュニケーションを取り創造する営みが、革新を起こす。海外市場への参入は、衰退しつつある伝統工芸産業全体にイノベーションを起こすと信じている」と語った。 取材協力:ジェトロ中堅中小企業課