“奔放すぎる妻”が次々に若い男と「恋仲」に…文豪・武者小路実篤の理想郷「新しき村」で女たちが織り成した“複雑な人間関係”
天衣無縫な房子とついに結婚
特筆すべきは、この小説で紹介されている房子の実篤宛の手紙だ。やや支離滅裂でエキセントリックなフレーズを連発するのである。 「私はね、お月様のお申子で、お月様の精だとおもっています。女は大きらい、丸い女は一ばんきらい、くろい女もいや、長い女もいや、みじかい女もいや」 我儘を通り越した不気味ささえ感じさせる。それでも、「女に餓えてい」た実篤は、最初こそ不快感を示したものの、天衣無縫な房子に次第に引かれるようになり、ついには結婚にまで至ったのだ。 しかし、結婚後、実篤とともに開村直後の木城村に入った房子が、さっそく「奔放さ」を発揮することになる。入村してきた家出青年とただならぬ仲となり、村内の噂になったのだ。相手は後に映画俳優となった日守新一といわれている。 それだけではない。長身の美男子の落合貞三、さらには10歳年下の美少年風の杉山正雄なる人物といった具合に、次々に若い入村者と恋仲になったのである。
「一緒に生活する相手となると…」
それでも、武者小路夫妻はもともと、因習や常識にとらわれず、自由を人一倍重んじる「似たもの同士」である。実篤の方も負けじと(? )、禁断の恋に没入していくことになる。房子の浮気事件とほぼ同時期、15歳年下の飯河安子が実篤の前に現れたのだ。 明治33年生まれの安子は静岡県の士族の出で、父安信は製紙会社重役だった。上京して日本画を学びつつ、実篤文学にも関心を寄せていた。結婚話が持ち上がった際に家出して、憧れていた「新しき村」の村民になったのだった。実篤は、色白の美人の安子にたちまち惚れ込んでしまった。 実篤は当時の日記に、率直に書く。 「自分は安子と房子のどちらをより愛しているかと言われると分らないが、愛の形が違っていて、一緒に生活する相手となると、房子より安子の方を望ましく思う。だんだん生活を一色にしたくなって来た今の自分の気持には、我儘をもちすぎている房子は、一つの重荷でもある」(阪田寛夫著「武者小路房子の場合」より) こうして夫婦生活は破綻。実篤は安子と再婚し、2女を儲けた。大正14年には、東京の母の病気を理由に、一家で村からも出て奈良に移住してしまう。