「元気な自分を演じ続けていた」つらい高校時代を過ごした山之内すずが語る、ネガティブな感情と付き合う方法
2019年、AbemaTVの恋愛リアリティーショーの出演をきっかけに芸能界デビューした山之内すずさん。いつも明るくて元気な印象で、自身でも「自己肯定感がものすごく高い」と評する山之内さんだが、高校生の頃までは鬱屈とした気持ちを抱えるネガティブな人間だったという。つらい時期をどう乗り越えてきたのか、その過程を聞いた。(聞き手:荻上チキ/TBSラジオ/Yahoo!ニュース Voice)
「あなたはあなたのために生きていい」という言葉に救われた高校時代
――学生時代につらい時期があったそうですね。 山之内すず: 高校に入ってから学校が苦手になって、登校する回数が少しずつ減っていきました。教室に入って授業を受けることができなくて、登校しても保健室で過ごすことのほうが多かったですね。 友達もそんなにいないし、誰に何を話せばいいのかわからない、まるで八方ふさがりのような状態でしたね。 ――いろいろなことが重なったんですね。その中でも特につらかったことは何ですか? 山之内すず: 当時、みんなが「すずってほんまに太陽みたいな子やな」って言ってくれていたんですよ。うれしい言葉だから期待に応えなきゃと思っていたら、マイナスな感情を出す隙間がなくて、当時はつらいって自分でも気づけていなかったんですよね。 元気な自分を演じ続けていたから、我慢できるキャパシティがどんどん大きくなっていったんですけど、あるときそれが爆発しちゃって……。以降は「つらい」のハードルがすごく低くなっちゃったんですよ。どんな小さなことでもめちゃくちゃしんどく感じて。 今は何もかも全部あってよかったなと思えるからいいんですけど、そういう自分を受け入れられるまでに数年かかりました。振り返ってみると、あのときの自分は、自分の「つらい」っていう感情にしか目を向けられてなかったなと思います。 ――そこから抜け出すきっかけになった出来事はあったのでしょうか? 山之内すず: 保健の先生に「あなたはあなたのために生きていいんだよ」って言ってくれた言葉にすごく救われたことが大きいですね。短い高校生活の中でも特に強く残っている記憶です。 それまでは自分のことを話すのが得意ではなかったんですが、その人には全部話してしまって、そこではじめて「自分はつらかったんや」って認識しました。 それまでも、周りの友達が「すーちゃんは、こんなに頑張ってるんやから絶対幸せになれるよ」って何度も言ってくれてたんですけど、「いや、私なんか幸せになれるわけがない」と、自分の幸せの可能性を自分でなくしてしまってたんですよね。 「今を耐えたらもっと明るい未来が絶対に待ってる」というのは幸せになれた人の言葉で、死ぬ直前まで「自分の人生つらかったな」と思いながら亡くなる人も絶対にいると思うけど、当時の私は後者の人間だった。今思うと、悲劇のヒロインぶりたかったんやろうなと思います。人に迷惑をかけて、ひどいこともたくさん言ったし、自分を守るためにすごく身勝手に行動してた時期もあったから。 ――当時を振り返ってどう思いますか? 山之内すず: 自分にとってすごく大事な時期やったなって思います。 あんだけつらかったし、あんな人と出会いたくなかったし、あんなこと経験したくなかった。でも、あれが1つでも少しだけでも欠けたら、今の自分がおらへんかもしれへんって思ったら、全部大事だったなって思うし、ありがとうって思えるようになったんですよ。 当時はあまり好きじゃなかったお母さんの気持ちも今はめっちゃわかるし、「いやー、あんた頑張ったな」「それはしゃあないわ」って、全部受け入れられるようになりました。 そうやって過去を肯定的に捉えられるようになると、今の「つらい」に目を向ける時間が本当に少なくなったし、目を向ける必要がないことにも気づいたんです。自分自身が誰よりも自分のことを愛してあげて、自分で自分の幸せをちゃんと信じてあげるって、すごく大事なことやなと身をもって知ったんです。