トヨタのPHEV、アシックスの「走れるビジネスシューズ」は、なぜ非常時にも価値を発揮できるのか?
一口に災害対策と言っても、日常生活において「非常時にしか価値を感じられないもの」に備えることはなかなか容易ではない。そこで今、「備えられない」ことを前提に、社会状況(フェーズ)を区分しないデザイン設計が、さまざまな業種で注目され始めている。本連載では『フェーズフリー 「日常」を超えた価値を創るデザイン』(佐藤唯行著/翔泳社)から、内容の一部を抜粋・再編集。災害大国・日本の社会課題解決にもつながる「フェーズフリー」の考えを生かしたビジネスの可能性を探る。 プリウスPHEV 第1回では、トヨタ自動車のプリウスPHEV(プラグインハイブリッド)、アシックスのロングセラー「走れるビジネスシューズ」などを例に、フェーズフリーの基本的な考え方について解説する。 ■ はじめに フェーズフリーとは、「日常時」と「非常時」という2つの社会状況(フェーズ)から自由(フリー)になり、「いつも」を豊かにする物が、「もしも」においても暮らしと命を支えてくれるようにデザインしようという、防災にまつわる新しい考え方のことです。 具体例を紹介しましょう。たとえば、トヨタ自動車の「プリウスPHEV」という車があります。PHEV(プラグインハイブリッド車)とは、ガソリンを使用するエンジンを搭載しつつ、外部から供給した電源でも走行できる、ハイブリッドな車のことです。 この車の凄いところは、燃費の良さだけではありません。実はこの車、災害などによる停電が発生した際には、搭載された大容量のリチウムイオンバッテリーが蓄電池として機能するほか、エンジンを作動させれば発電機としても利用可能になっています。そう、日常時だけでなく、非常時にも役立つように設計されているのです。 もうひとつ、例をご紹介します。「アシックスランウォーク」という商品をご存じでしょうか?
これは一見、洗練されたフォーマルなビジネスシューズですが、スポーツシューズ開発で培われた、衝撃緩衝材やクッション性に優れた中敷などが採用されており、「走れるビジネスシューズ」として、1994年の発売以来、ロングセラーとなっている商品です。 この機能は、日常時の快適な履き心地や歩きやすさはもちろん、非常時にも価値を発揮します。たとえば災害によって徒歩での帰宅を余儀なくされた際などに、足への負担や衝撃を軽減し、瓦礫やひび割れで不安定な路上でも比較的容易に歩くことができるのです。 誰もが非常時に備えて、大型の蓄電池や、徒歩で帰宅する用の靴などを用意するのは難しいかもしれません。 それならば、非常時を起点に考えるのではなく、日常時を起点として、普段の生活で便利なものを、非常時にも価値が発揮されるようにデザインすればよいのではないか。そうしたデザインが普及していけば、たとえ備えることが難しくとも、「いつの間にか備わっている社会」の実現が可能なのではないか。 フェーズフリーはそうした、「備えられない」ことからはじめる、新しい防災の考え方なのです。 本編で詳しく紹介しますが、近年、このフェーズフリーを採用した商品やサービス、施設などが次々生まれており、メディアなどでも取り上げられることが増えています。「防災」の枠を超え、あらゆる領域に広がりつつあるのです。