『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 【第1話】
【一流の殺し屋は着る服も車も生き方も一流でなければならない】
親父は小粋な男だった。風呂上がりにパンツ一丁でテレビの前を横切ったり、鼻を穿りながら屁をこいたりとか、世間の父親がやりそうなことは一切しなかった。所謂「日常」や「平凡」とやらを憎悪していた。 仕事に取りかかる前、親父はいつも着飾った。身長もあったし顔も小さかったからビシッと決まった。右腕はなかったので、袖をぶらぶらさせていることは、この際仕方ないと思っていた。 香港から海を渡ってきた親父は、片言の日本語で俺に殺しの何たるかを説いた。 親父による「殺しの五箇条」を思い出す。 一、感情に身を委ねてもいいが、振り回されるな。 二、一発で仕留めろ。手負いの鹿を眠らせるように。 三、決して泣くな。 四、「職業に貴賤はない」。あれは本当だ。ただし正しくは、「職業の中に貴賤はない」。料理人でも一流の道を突き詰めようとする者がいる一方で、この程度でいいと手を抜く者もいる。掃除ひとつ取っても同じだ。自分に恥じない仕事をしろ。金はあとで付いてくる。おまえが望む以上に。 次が肝心だ。 五、『涅槃経』の十九巻にこうある。“八大地獄の最たるを「無間地獄」という”。絶え間なく責め苦にあうゆえにそう呼ばれる。釈迦曰く、“無間地獄に死はない。長寿は無間地獄。最大の苦しみなり”。 わかるか。“命を奪う”のではなく、この苦しみの世界から救済する。殺すことで今生の悲しみから救ってやる。 物心ついたときには、俺は親父の子どもだった。俺の実の親を殺したのは親父だ。 「俺を睨み付ける目に感じるものがあった」
俺に毛が生え始めた頃のことだったと記憶している。親父は俺に背中を向けていた。テーブルにベレッタM92があった。 「撃ってみろ」 親父が言い終わる前にぶっ放していた。銃弾は親父の横を逸れて壁に当たった。何が驚いたって銃声の大きさではなく、親父と俺の間は四メートルほどの距離しかなかったのに外れたことだった。 「次は頭でなく、的が大きい体のほうを狙え」 瞬時に奪った銃口を俺の眉間に突き立てながら親父は言った。 「わかったな?」 俺はコクリと頷くよりなかった。 親父は俺に殺しのエリート教育を叩き込んだ。 「一流の殺し屋は着る服も車も生き方も一流でなければならない」