『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 【第1話】
【俺も訊いていいか。俺を誰だと思ってる?】
殺し屋と言ってもピンからキリまでいる。俺のランクはSSR(スーパースペシャルレア)。仕事に私情を挟んだことはない。 しかし俺はきょう初めて、自分のために人を殺そうとしていた。奴のような無慈悲な凶悪犯罪者を、生かしておくわけにはいかない。 六本木ヒルズレジデンスの最上階が東京の俺の住処だ。 休日ともなるとヒルズはたくさんの人でごった返す。恋人たち、家族連れ、みんな俺より幸せそうだ。ベンチでひとり眺めることに飽きると、フレンチレストランに足を運んだ。一流の殺し屋は一流の食を選ぶ。きょうは信州SPF豚のヘルシーなローストポーク。 昼間からシャンパングラスを傾け、舌鼓を打つ。心地よかった。 なのに俺はメシを残した。復讐のことを考えていたら、途轍もない怒りと悲しみに襲われたのだ。 しかし、俺の溜め息は怒声で掻き消された。 「この店はミシュランで三つ星なんだろ。だったら客のリクエストに応えるのは当然じゃねえか。おまえんとこのクリームソースが不味いから、おたふくのお好みソースを持ってこいって言ってんだよ」 この店にそぐわない、薄汚い格好の男が自撮り棒を片手に大声で喚いていた。 「俺のチャンネル登録者数を教えてやろうか? この店の評判ガタ落ちになるぞ?」 いま流行りの炎上系YouTuberという奴か。外国人マネージャーが平謝りで退店を促すが聞き入れようとしない。 「汚え手で触んなよ!おまえ何人だ? ここは日本だ。俺が日本の流儀を教えてやる。その前にお茶漬けを持ってこい。嫌なら日本から出て行け」 他の客は皿に視線を落として、見て見ぬふりを決め込んでいた。 ── 感情に身を委ねてもいいが、振り回されるな。
手で掴めるほどの怒りに囚われていた俺に、クールダウンを図るにはちょうどよかった。サングラスをかけて男のもとに寄った。蝶ネクタイは他のホールスタッフから拝借した。 「お客様、申し訳ありません」 YouTuberが俺を見上げる。ほつれた長い髪が揺れる。無精ヒゲがみっともない。ことごとく俺の美学に反した。 「お詫びします。この店を出ましょう」 「は? 何だおまえ」 俺に向ける前に、スマホを手で塞いだ。 「いいから出ましょう」 奴の口を塞ぎながら店の外に連れ出し、人気の無い駐車場まで引き摺り込んだ。 「やめろ、おい、やめろって言ってんだろ!」 放してやった途端、懐から拳銃を抜いてきやがった。これには少し面喰らった。銃の不法所持が禁じられたこの国で、素人に銃を向けられるとは。 「言っただろう。俺を誰だと思ってるんだ」 強気のYouTuberだが、一転して声も出なくなった。気が付いたら後ろに回られて、銃を持つ腕を押さえられたためだ。反政府軍に囲まれたときも同じことをやった。 「俺も訊いていいか。俺を誰だと思ってる?」 「いててて。やめろ。折れる。やめろ!」