春風亭一之輔、「アトランチスの謎」に気を取られている隙に…おばあちゃんのぽたぽた焼は「甘じょっぺえはずなのにほろ苦い味」
落語家・春風亭一之輔さんが連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今回のお題は「詐欺」。 「詐欺」とは、「他人をだまして金や品物を奪ったり、損害を与えたりすること」らしい。 子どものころのはなし。 友だちの家に遊びに行くとおやつにカール(スナック菓子の)が出てきた。小皿に同じ数だけ、1人に1皿。喧嘩にならないようにとお母さんなりの気配りだろう。友だちはパクパクとすぐにカールを食べてしまった。友だちが「おかあさーん! カールまだあるーっ!?」と叫ぶ。「もうないのよーー!」と台所から声がした。 ■単純かつ物騒なゲーム カールはゆっくり食べるのが、私のそのときのブームだった。私は湿気ったカールが好きだ。いや、好きというよりカールは湿気っていても美味い。今でいうところの味変(あじへん)というやつか。当然のことだが袋から出てきたばかりのカールは湿気ってはおらずサクサク。自然に湿気ってふにゃふにゃ食感の若干の弾力があるカールが好きなのだが……その日はむしろグニャグニャにして食べてみようかと、一つ口にふくんでは唾液で湿らせて離乳食のようにして食べていた。だから食べるペースが遅い。 そのうちに友だちは1人でファミコンを始めた。ソフトは任天堂の「バルーンファイト」。風船で空中を飛び回り、敵の風船をキックで割って湖に叩き落とすだけの単純かつ物騒なゲームだ。 私は友だちが器用にクリアしていくのを、口の中でカールをグチャグチャにしながら眺めていた。ボンヤリしながらブラウン管のテレビを見つめて口と手を動かしていると、私の皿のカールが最後の一つになった。
友だちが言った。「ちょっとバルーンファイト、やってみ」 私もやりたいなーと思ってたところだったので「ありがとー」と言ってコントローラーを受け取る。上手くないのでたちまち敵に風船を割られ、湖に落下し、巨大ナマズにのみ込まれ、3機あったのにあっという間にゲームオーバー。難し過ぎる。なんだ、このゲームは! だいたい風船で空を舞うなんて夢みたいなこと……馬鹿げてる!! こんな絵空事をゲームにするから「風船おじさん」みたいな人が出てくるんだよ!と後年になって思った。 「すげー、むずいなぁ」と何気なく皿に手を伸ばすと、私の最後のカールがなくなっていた。 「カールが……」と私が呟くと、友だちは「トイレ!」と言って台所のほうへ駆けて行った。 ■カール詐欺だ なんてヤツなんだ。たかだかカール一つ欲しさに、私をバルーンファイトに釘付けにしておいてその隙に私の目を盗み、たった一つのカールをまんまとせしめる。カールごときでそこまでするか。カール一つのために盗みを働くのか。カールとはいえ立派な犯罪である。まさに「他人をだまして金や品物を奪ったり、損害を与えたりすること」=「詐欺」だ。これはカール詐欺だ。カール、カール、私のカール。カールは二度と戻らない。オー、マイ、カール!! オー、マイ、リトルカール! カール、カンバック! ヘイ、カールっ!!!! あのやろう、許すまじ。友だちが戻ってきた。とっちめてやる! 「オイ、さっきオレのカール食べたろ?」 すると「これ、食う?」と言って、ヤツはお煎餅の袋を差し出してきた。袋には「おばあちゃんのぽたぽた焼」と書いてある。