デジタル時代を築いた巨人、テッド・ネルソンの一風変わった人物像
■ ホール・アース・カタログをやりたかった 彼が書いたのは「コンピュータ・リブ」と「ドリーム・マシン」。背中合わせになった、不思議な本です。2冊が上下逆になっています。 まるで2in1みたいですね。この中に、彼の様々なアイデアが詰まっています。 彼は、とにかくメモ魔で、何でも細かくメモしてリンクしていました。 「あ、これはこうだ、こうだ」と、それをそのまま本にしたので、こんなふうになったんだと思います。 ネルソンさんに「なんでこんな本を作ったんですか?」と聞いたことがあります。 彼は、「『ホール・アース・カタログ』が好きで、こういうのをやりたかったんだ」と答えていました。 『ホール・アース・カタログ』は、1968年にスチュアート・ブランドという人が作った、ヒッピーのためのカタログです。 地球全体の写真を載せて、「Whole Earth Epilog」という1974年に出た本の裏表紙に、「Stay Hungry, Stay Foolish」というメッセージが書いてあります。 スティーブ・ジョブズが2005年のスタンフォード大学の卒業式で、この言葉を引用して、「私が一番影響を受けたのはこれだった」と言ったんです。 「これを読んで、私はコンピューター、アップル、そして未来を考えた」と。 「Stay Hungry, Stay Foolish」という言葉を3回も繰り返して、「これが私の信条だ!」と。 それを聞いて、私が最初に思いついたのがネルソンさんでした。
■ ハイパーテキストからWWWへ 「Stay Hungry, Stay Foolish」。その逆は「お腹いっぱい満足して、真面目にやる」。まさに今のサラリーマンですね(笑)。 ネルソンさんは、いつも何かを考えて、知的好奇心旺盛です。 皆さんご存知だと思いますが、彼自身も言っているように、ネルソンさんは突然ポッと現れたわけではありません。 先人たちの知恵に影響を受けて、「ザナドゥ」のようなハイパーテキストシステムを考えたのです。 一番最初は、ヴァネヴァー・ブッシュという人でした。 マンハッタン計画で活躍したMIT(マサチューセッツ工科大学)の先生で、膨大な量の文書を整理していたのです。 原爆開発の資料なんて、紙で管理するのは無理ですよね? 「この話はここに書いてある」と、紙でやってたら大変です。 そこで、彼はマイクロフィルムに全部入れて、キーワードで検索できるようにしようと考えました。 戦後、「アトランティック・マンスリー」という雑誌にそのアイデアを発表したのです。 それを読んだダグラス・エンゲルバートという人は、「これだ! コンピューターは計算機ではなく、人間の能力を高め、知識を広げるための道具だ!」と確信し、NLSというシステムを開発しました。 エンゲルバートさんのNLSを知って、ネルソンさんは「私もやってるんだけど」と相談したそうです。 エンゲルバートさんはハイパーテキストという言葉を使っていませんでしたが、ネルソンさんはそのアイデアを整理し、文書同士がリンクして相互に関連しているという概念を理論化しました。 そして、ティム・バーナーズ=リーさんが、ネルソンさんと話をして、「じゃあ、私が作るよ!」と言って作ったのが、World Wide Web(ワールド・ワイド・ウエブ=WWW)です。 2人はよく議論したそうですが、行動力に違いがあったようです。 つまり、ネルソンさんの功績は、世界中の情報が相互に関連し合ってリンクすることで意味を持つ、ということを明確に示したことだと思います。