8年ぶりにJ復帰した内田篤人は再デビュー戦で何を見せたのか?
両手を大きく広げるゼスチャーとともに、何度も「縦パスを入れないで」と叫んだ。相手の狙いを見抜いていたからこそ、味方の攻撃に変化を加えたかった。ボールに触らずとも、8シーズンぶりに鹿島アントラーズへ復帰したDF内田篤人は必死に仕事をしていた。 清水エスパルスのホーム、IAIスタジアム日本平で25日に行われた明治安田生命J1リーグ開幕戦。2010年5月5日のセレッソ大阪戦以来、2853日ぶりにJリーグの舞台に立った29歳の元日本代表は右サイドバックとして先発。後半39分までプレーした。 「長い間けがをしていたなかでJリーグに戻って来ることができて、開幕戦はポイントだと思っていたので。高校時代の友だちや家族も見に来てくれたし、高校のときもここで試合をしているから。まあ楽しかったですね」 静岡県函南町で生まれ育ち、中学卒業後はスポーツ推薦で名門・清水東高校へ進学。2年生に進級する直前には、「10番」を背負ったまま中盤から右サイドバックへと転向した。 全国大会には残念ながら縁がなかった。それでもスピードと攻撃力が同居するプレースタイルが高く評価され、複数のJクラブが争奪戦を繰り広げたなかで2006シーズンにアントラーズ入りした。 サッカー人生の礎が築かれた場所での“再デビュー”に、数奇な縁を感じたのか。ピッチに入場した直後には、駆けつけてくれた旧友たちへ笑顔で手を振ってもいる。しかし、キックオフを告げる笛が鳴り響くや、内田の思考回路のなかで違和感が占める割合が多くなった。 「後ろでパスを回していればいいのに、どうしても前へ蹴っちゃう。途中で『縦パスを入れないで』と言ったんだけどね」
4バックを組んだエスパルスは、左から182cmの松原后、187 cmのフレイレ、183 cmのファン・ソッコ、J1デビュー戦となる189 cmの立田悠悟と長身選手たちをそろえてきた。 今シーズンから指揮を執るヤン・ヨンソン監督(前サンフレッチェ広島監督)の意図は明確だ。アントラーズの縦パスを最終ラインの高さと強さではね返し、180 cmの北川航也、187 cmのクリスランで組む2トップへロングボールを送る。 「相手は大きな選手が前にいて、たとえフィフティフィフティのボールでも彼らが頑張って(競り合って)、セカンドボール(を拾うこと)を徹底していたので」 しかも、2トップに加えて170 cmの石毛秀樹、163 cmの金子翔太で組む小柄な2列目が執拗にプレスをかける。慌てて前へ蹴れば、相手の戦略にはまるだけだと内田は指摘した。 「中盤でも向こうがセカンドボールを拾っていたから、今日は縦パスを入れても取られるイメージしかなかった。横、横でサイドに振ればいいんだけど。左にパスが行ったときに、こっちに戻って来ないシーンがあったから、そこはちょっと言った。もっとパスを回せばいいと」 右から左、そして左から右へと横パスをつなぎ続けることで、ホームでの開幕戦に勝ちたい相手を揺さぶる。焦らされた相手は陣形を崩し、必ずスペースが空く。内田から何度も「(横へパスを)回せ」と指示と飛ばされた、左サイドバックの安西幸輝はこう振り返る。 「相手のプレッシャーが速かったので、もっと揺さぶればチャンスがあったんじゃないかと」 試合巧者になれというメッセージを、内田はゼスチャーと言葉を介して伝えていた。ピッチ全体を見渡しながらバランスを取り、試合をもコントロールする。本来ならばチームキャプテンを務めるレジェンド、小笠原満男に託された役割だった。 しかし、4月で39歳になる大黒柱は、大岩剛監督が指揮を執った昨年6月以降、ボランチのファーストチョイスから外れている。9月以降の10試合はすべてベンチウォーマー。最後の2試合でひとつ勝てば連覇を達成できたアントラーズは、ともにスコアレスドローで終えて、川崎フロンターレの初優勝の引き立て役になった。 「(小笠原)満男が試合に出られる機会がだんだん減ってきているなかで、ウチの伝統という役割を演じられることも含めて、満男の次の世代でそういう存在がまだ必要だというのも、(内田)篤人を呼び戻した理由のひとつでもある」 強化の最高責任者に就いて23年目を迎える鈴木満常務取締役強化部長は、ブンデスリーガ1部の古豪シャルケ04から同2部のウニオン・ベルリンへ新天地を求めていた内田を、違約金が発生することを承知のうえで獲得した理由の一端をこう説明する。