「勘定系こそクラウドが最適解」SBIHDによる国内初のAWS勘定系、銀行DX普及の第一歩に
2024年7月、福島銀行が、SBIホールディングスらが開発した「次世代バンキングシステム」に勘定系システムを移行した。これは、国内で初めてAWS上で稼働開始した勘定系システムであり、安定運用を継続しているという。 【もっと写真を見る】
2024年7月、福島銀行は、勘定系システムをSBIホールディングス(SBIHD)らが開発した「次世代バンキングシステム」に移行した。これは、国内で初めてAWS上で稼働開始した勘定系システムであり、安定運用を継続している。2025年には、島根銀行が同システムの稼働を予定しており、他の地域金融機関(地銀)や新生銀行も検討中だ。 SBIHDの専務執行役員 グループCTOである木村紀義氏は、「新サービスの創出」や「オペレーショナル・レジリエンス(業務の強靭性・復旧力)」などの観点から、「勘定系こそクラウドが最適解」と強調する。 本記事では、AWSジャパンの金融領域におけるレジリエンスをテーマとした説明会で語られた、SBIHDの次世代バンキングシステムの開発の経緯、オペレーショナル・レジリエンスの確保をはじめとするシステムの裏側について紹介する。 「次世代バンキングシステム」開発の出発点は、地銀の新サービス創出を促すこと SBIグループによるAWSの活用は、2017年の住信SBIネット銀行における本格利用にさかのぼる。2022年には、SBIHDがAWSを「推奨クラウドプロバイダー」に選定して、ビジネス戦略拡大に向けた包括的な連携を発表する。この連携の中には、“地域金融機関(地銀)向けの勘定系システム”の展開も含まれていた。 もともとSBIグループでは、地方創生を注力戦略のひとつに位置づける中で、地銀向けアプリケーションの開発・提供を進めていた。しかし、勘定系にアプリケーションをどうつなぐか、つなぐためのコストをどうねん出するかが大きな壁になっていたという。「こうした課題から、体力のない地銀では、新サービスを創出しづらい環境が何十年も続いていた。であれば、我々自身が勘定系システムを開発して社会問題を解決しようと決断した」と木村氏。 そして、AWSの支援のもと、SBIHD傘下のSBI地方創生バンキングシステムとフューチャーアーキテクトは、地銀向けのクラウド勘定系システム「次世代バンキングシステム」をゼロベースで開発。クラウドで提供する意義について、木村氏は、「常に新しいサービスを開発できるような環境に変えられること」だと説明する。 従来の勘定系システムでは、ハードウェアの監視・運用のコストに加えて、更改を繰り返さなければならない。OSやミドルウェアにも、保守サポート期限(EOL)がつきまとう。さらに、アプリケーションの多くがCOBOLで作られており、開発生産性が低い。このように維持だけでも多額のコストがかかる中では、本来注力するべき顧客接点へ満足に投資できない。「これでは“銀行業務自体が成り立たない”。こうした環境を変えるのがクラウド」だと木村氏。 クラウドを利用することで、維持コストを圧縮して、アプリケーション開発に集中できる。SBIHDが次世代バンキングシステムで目指すのは、地銀らが収支力を高められる領域に投資して、銀行DXを推進することだ。 必要なのは「早く復旧できるシステム」、ならばレジリエンスの高いクラウドが最適解 とはいえ地銀に検討してもらう中で、「本当に勘定系がクラウドで大丈夫か」という議論は避けられないという。それに対して木村氏は、「クラウドだから心配というが、データセンター自体も障害が起こり得る」と答える。 住信SBIネット銀行においても2020年、復旧まで7時間を要した障害が発生したが、その原因は“データセンターでのUPS(無停電電源装置)の不具合”だったという。「あり得ないと思えるかもしれないが、私が同様の電源障害を経験するのは27年間のうち4度目」と木村氏。これを機にSBIネット銀行は、クラウドのフロント系システムは5分で、オンプレミスの勘定系システムは1時間で災対切替できる体制を構築した。何より“人がジャッジせずにルールで判断する”仕組みが大切だという。 結局は、止まらないシステムよりも“いかに早く復旧できるか”を考えて設計することが重要であり、それならば、レジリエンスや俊敏性、拡張性を備えたクラウドこそが「勘定系の最適解」だと木村氏。加えて、「銀行全体で障害における無駄なコストを減らせるよう、『1分程度であれば障害ではない』という考え方に変わっていかなければならない」と強調した。 アマゾン ウェブサービス ジャパンの金融事業開発本部長である飯田哲夫氏も、「金融システムが、FinTechサービスとつながったり、マイクロサービス化する中で、『ひとつのサービスを確実に動かすのではなく、オブザーバビリティを効かせて利用者側には分からないようシステムを切り替える』という考えが浸透し始めている」と説明する。 こうした考えは、ネット銀行幹部などでは既に前提となっているといい、金融庁でも、業務が中断することを前提として、早期復旧や影響範囲の軽減を目指してオペレーショナル・レジリエンスを確保するよう、「オペレーショナル・レジリエンス確保に向けた基本的な考え方」を示している。 「次世代バンクシステム」におけるオペレーショナル・レジリエンスの裏側 続いて、次世代バンクシステムの具体的な詳細を紹介する。 同システムでは、次世代の地銀に必要となる機能をパッケージ化して、コアとなる勘定系システムからリアルタイムデータを提供する統合データマート(DM)を活用した「情報系システム」、勘定系と連動して営業・融資業務を効率化する「Future BANK」、スマートフォンやタブレットに最適化した「個人・法人インターネットバンキング」などを提供する。 閉域外ではフロント系システムから共通ATM、本部や営業店用のシステムなどを用意して、アット東京のクラウド中継センターでつなげる。 この次世代バンクシステムは、AWSをベースとした「SBI金融クラウド」上で構築される。金融庁が定める「金融分野におけるクラウドサービスの利用に関する考え方」に基づき、セキュリティ対策や運用支援、CI/CD環境といった金融機関のクラウド環境に必要な機能を、テンプレートとして実装できるソリューションになる。 オペレーショナル・レジリエンスの推進においては、東阪のAWSリージョンおよびアベイラビリティゾーン(AZ)を活用して、高可用性・障害性を確保する。ネットワーク(アット東京のクラウド中継センター)についても、東阪でのマルチロケーション、マルチアクセス回線で構築。ノード・AZ障害は通常障害の範囲として、切り替え・切り離しによって1分で自動回復、リージョン障害は「最終防衛ライン」に設定して、1時間で切り替えられる体制をとる。 また、「Amazon Aurora」データベースを複数のリージョンにまたがってレプリケーションが可能な「Amazon Aurora Global Database」を運用することで、RPO(目標復旧時点)を計画切替であれば“0秒”、予期せぬ切替でも“通常1秒以内”と定義する設計となっている。 その他にも、福島銀行の次世代バンキングシステムへの移行・運用においては、AWSのレジリエンシーサービスをフル活用している。検証段階では、フルマネージドな障害シミュレーションサービス「AWS Fault Injection Service(AWS FIS)」で耐障害性をテスト、上述の復旧設計を実証している。 稼働後の運用においては、重要なワークフローに対するインシデント管理を提供する「AWS Incident Detection and Response」を日本の銀行として初めて採用。AWS側でプロアクティブにシステムを監視して、インシデント発生時には5分以内に初期応答するサービスになる。なお、同サービスは、2024年10月1日より日本語サポートを開始している。 また、積極的なサービス開発を推進するために、コンテナサービスを運用管理する「Amazon EKS」によって、クラウドネイティブなアーキテクチャーで設計されている。従来の勘定系では、インターネットバンキングやATMなど、チャネルの数に応じてアプリケーションを開発する必要があり、修正やテストなどに多くのコストや手間が発生していた。 次世代バンキングシステムでは、あらゆる機能をマイクロサービス化することで、APIを通じて他システムやFinTechサービスと容易に接続でき、アプリケーションの拡張性と柔軟性を確保した。加えて、利率や優遇情報などの判断基準のロジックを「BRMS(Business Rule Management System)」として切り出して、ロジックを修正するだけで新商品やサービスを開発できるようにした。 次世代バンキングシステムを通じて、地銀から銀行DXを広げていく この次世代バンキングシステムの第1号ユーザーであり、国内で初めてAWS上で勘定系システムの稼働を始めたのが福島銀行である。デジタル化でペーパーレス・印鑑レスを推進でき、フルAPI化で外部連携も容易になり、BRMSによってサービス開発のスピ―ドが上がることなどを理由に移行を決定した。 現在、同行の利用者は、タブレットで銀行サービスを受けられるようになり、紙やハンコもほぼ不要に。帳票を72%削減するなどコスト最適化にもつながっている。 新サービスの創出に関しても、BRMSでルール変更することでステップアップ型の定期預金を開始。また、次世代バンキングシステムの周辺サービスを利用することで、スマホATMにも対応した。 「周辺サービスをどれだけ充実できるかが、今後の鍵になる。次世代バンキングシステムを導入することで、それらのサービスも活用でき、フロントのシステムも自動で更新されていくのが強み。変革やサービスの創出を目指す地銀にこそ届けたい」(木村氏) 次世代バンキングシステムは、2025年には、島根銀行での稼働を予定しており、きらやか銀行や仙台銀行、SBIHD傘下の新生銀行でも検討を始めている。新生銀行での検討を経ることで、大規模な銀行でも耐えうるようなプラットフォームへと進化させていく予定だ。 木村氏は最後に、「勘定系のクラウド化はDX推進のはじめの一歩に過ぎない。これに何をつなげて、どういうサービスを作っていくか。それを支えるために、レジリエンシーを確保して、クラウドのメリットを最大化し、生まれたリソースを新サービスの創出に充てることが重要」と締めくくった。 文● 福澤陽介/TECH.ASCII.jp