【中国にとっての宿願】習近平主席は「台湾統一」に向けた工作のプロだった 毛沢東時代から続く中国共産党「統一戦線工作」の手法
習近平が対台湾の統一戦線工作を率いていた
峯村:統一戦線工作部は、中国共産党を理解するうえで非常に重要な組織です。当時の資本家の取り込みだけでなく、現在でも台湾をはじめ、日本やアメリカなど、世界に対しても統一戦線工作を仕掛けています。この統一戦線工作部に、前例のないくらいカネと人員を注ぎ込んでいるのが習近平です。 ここで、私が最初に習近平と会った時のエピソードを紹介します。2007年10月の第17回共産党大会で、習近平は最高指導部の政治局常務委員に抜擢されました。私は党大会の分科会で、数メートル先に座っている習近平を見ました。丈が合っていないのか、ズボンの裾は膝下までずり上がっており、頭の後ろには寝癖がついていました。次期国家主席候補ではありましたが、正直言って、「どん臭くてパッとしない」というのが私の第一印象でした。そこで習近平の能力や人となりについて、複数の共産党幹部らに尋ねました。 「彼を侮ってはいけない。我が党内で台湾問題に最も精通している傑物だ」という答えが異口同音に返ってきました。習近平は南部の福建省で17年間も勤務していました。実は台湾の対岸に位置する福建省には、台湾向けの統一戦線工作の拠点が置かれています。つまり習近平は長年にわたり、対台湾統一戦線工作に従事していた「プロ」なのです。 橋爪:習近平が、対台湾の統一戦線工作を率いていた! 峯村:建国当時の共産党幹部らが、国民党員や資本家に対してやったような工作をしていたのです。習近平は福建省時代、台湾のビジネスマンや退役軍人と日夜、酒を飲んだり、ゴルフをしたりしていたそうです。台湾内部の情報を集めるだけではなく、台湾企業に補助金を出すなどの優遇政策をちらつかせたり、協力者として取り込んだりする工作をしていたのでしょう。 同時に、「我が党は台湾との平和的統一を望んでいる」「台湾が独立を宣言したら即戦争になる」など、中国共産党としてのメッセージを台湾側に流し込む作業もしていました。こうした工作を20年近くやってきた習近平は、約1億人の党員のなかで、誰よりも台湾の情勢や人びとの特性を理解している、といっても過言ではないでしょう。 こうした統一戦線のアプローチは、インテリジェンスの業界では「MICE工作」と呼ばれる、相手の弱みや欲望に付け込んで、取り込みを図るやり方です。中国共産党は結党してからいまにいたるまでこのような統一戦線工作を得意として、その真価を発揮しているのです。 (シリーズ続く) ※『あぶない中国共産党』(小学館新書)より一部抜粋・再構成 【プロフィール】 橋爪大三郎(はしづめ・だいさぶろう)/1948年、神奈川県生まれ。社会学者。大学院大学至善館特命教授。著書に『おどろきの中国』(共著、講談社現代新書)、『中国VSアメリカ』(河出新書)、『中国共産党帝国とウイグル』『一神教と戦争』(ともに共著、集英社新書)、『隣りのチャイナ』(夏目書房)、『火を吹く朝鮮半島』(SB新書)など。 峯村健司(みねむら・けんじ)/1974年、長野県生まれ。ジャーナリスト。キヤノングローバル戦略研究所主任研究員。北海道大学公共政策学研究センター上席研究員。朝日新聞で北京特派員を6年間務め、「胡錦濤完全引退」をスクープ。著書に『十三億分の一の男』(小学館)、『台湾有事と日本の危機』(PHP新書)など。