能登半島地震、食を通じて今私たちができること
帰りは乗合タクシーを使って能登空港へ。そうそう、空港までの電車が無いことにも驚きました。アクセスは多少不便ではあるものの、それを上回る魅力にあふれた能登にすっかりハマって、来年も必ず行こうと飛行機の中でプランニングしながら帰路につきました。
そして2024年、元日の夕方、「令和6年能登半島地震」のニュースが……。訪れたお店の情報をSNSで追いかけてはオロオロし、1月1日からずっと能登のことを考えています。
東京での直接被害が少ないこともあり、日を追うごとに関連の報道は少なくなっていますが、被災地では大変な状況が続いていると聞きます。能登の素晴らしい食を支えるために、今できることは何があるのでしょう。
「食べログ グルメ著名人」でもあり、1,000人を超えるFacebookグループ「令和6年能登半島地震を勝手に救済しよう!」の発起人、柏原光太郎さんにお話を伺いました。
能登のために今、私たちができるのは?|Facebookグループ「令和6年能登半島地震を勝手に救済しよう!」
――1月2日の早い時点で被災地を応援するFacebookグループを立ち上げられていますが、どのような思いで行動されたのでしょうか?
柏原さん:3.11(東日本大震災)の直後、「東北の人が大変な思いをしているのに、外食や、お酒を飲むのはけしからん」という自粛の動きがありました。実際、東京では花見が中止になり、外食産業はキャンセルの嵐で大変でした。しかし、幸いにも被災しなかった私たちはお金を使って経済を回そうと思い、「外食産業を勝手に救済しよう」というFacebookページをマッキー牧元さんと立ち上げました。そのページには多くの賛同があり、このときに出会った人々との縁が今の私のコミュニティの核になっています。
そして今回の地震で私に何ができるかと考えた時、実際に現地に行くことが今の段階では迷惑であるなら、募金をする以外にできることは、現地の情報を広く伝えることだと思ったのです。そこで「令和6年能登半島地震を勝手に救済しよう!」というグループを立ち上げました。「勝手に」というのは、あくまでも私たちが好きにやっているという意味で、何か使命感を持っているとか、偉そうにやっているわけではないという意味合いでもあります。ページにしなかったのは、ページの使い勝手が3.11以降にずいぶん変わってしまい、今はグループの方が伝達しやすい(だれでも書ける)と思ったからです。1月10日にはグループの参加者が1,000人を超えました。復興は長丁場だと思います。私も長く続けたいと思っています。