40年ぶりにパリ五輪レスリンググレコで歴史的な金!「防御技術が研ぎ澄まされていた」文田健一郎は銀メダルの東京五輪から何がどう進化したのか?
決勝戦も印象深いが、最大の壁は、2022、2023年世界チャンピオンのジョラマン・シャルシェンベコフ(キルギス)との準決勝だった。 第2ピリオドで繰り出した反り投げでの4点が決め手となり、その後、スタンドから2失点したが、グラウンドでの連続技を防ぎ1点差で逃げ切った。 「あの投げ技は、文田選手のお父さんで韮崎工業高のレスリング部監督を務める文田敏郎先生に高校時代に教わったものだと思います」と小林氏は指摘する。 「通常、脇を差されると、そこから相手の優位な形に持ち込まれやすいので守ることを考えます。でも文田選手は、それをチャンスととらえて巻き取るようにして背負い投げのような形にもっていくんです。実は私も大学生を教える中でその技を思いつき実践させてブラッシュアップしていたのですが、文田敏郎先生のいる山梨出身の高校生が、そっくりな投げ技を使っていて驚いたことがあります」 父親の敏郎氏が編み出した技は、息子の文田だけではなく、山梨県でレスリングを学んでいる高校生にまで浸透しているという。 「文田選手の場合は、体の柔軟性を生かして反り投げにし大量得点につながる技となっています。重要な場面であの技が出てくるということは、よっぽど体に染みついているのだと思います。高校時代から繰り返し練習して何度も実践してきたのでしょう」 グレコローマンでは40年ぶりの金メダリストの誕生となった。 「40年ぶりにすごいことをしたというか、率直な気持ちは40年勝てなかったことが悔しい。この一歩…40年ぶりに動きだした日本のグレコローマンが、このまま二歩、三歩と闊歩していけるようなメダルになればいい」 閉ざされていた扉を開けた文田は、インタビューにこう返して未来を見つめた。 小林氏は日本ならではのレスリング技術を世界へ発信して欲しいとエールを送った。 「昔は、日本発の世界を制する技術がいくつもありました。自分が体験したなかでは、1956年メルボルン五輪金メダル(男子62キロ級=当時の階級)の笹原正三さんの股裂きは、自分の脚がフライドチキンのCMのように肉が裂かれるかと思うほど強烈でした。文田選手は、とても柔軟な発想で指導する文田先生の教えを受けている。期待しています」 女子レスリングがフリースタイルに準じたルールで行われていることもあり、日本では、子どもたちがグレコローマンスタイルの選手になることを希望するケースはそう多くない。文田の金メダルは、そういう日本のレスリング土壌に一石を投じた。パリ五輪は、のちに日本レスリングの歴史を変えた五輪として語られるかもしれない。
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