小中高と8校へ通って培った「未知」を恐れぬ強い心 双日・藤本昌義会長
このとき、上司の内示に、南米にはいったことがなかったので「嫌です」と答えた。でも、数カ月たって「きみは自動車部品を入社したときから扱い、よく知っている。車の構造も分かっているし、車を売った経験もあって、適任ではないか」と指摘され、やむなく受けた。 だが、苦労の連続だった。当時のベネズエラは反米左派のチャベス政権で、労働組合が過激な行動へ走った。工場を乗っ取り、解放時に発砲事件で死者が出て、操業を再開しようとしても暴力行為でできない。ついに撤退を決意し、発表すると、政府の労働相に呼ばれて「法律で認められない。あなたは監獄いきだ」と脅された。それでも粘り、過激な労組の解散と解雇を認めさせ、工場再開に応じる。 振り返れば、すべてが未知の世界。あれだけ交渉して失敗に終われば、誰がやってもたぶんできない。決断することも、鍛えられた。あんなに大きな決断はその後ない、と言える。『源流』からの流れが、さらに勢いを増したときだ。 ■3千億円の投資枠を商社らしい夢に用意コンテストで選定 2017年6月に社長・CEOへ就任。社内の活性化に、3千億円の投資枠を用意した。総合商社へ入ったら「やってみたい」という夢が、あるはずだ。その商社らしい夢を実現する形で、事業投資の癖をつけさせたい。ところが、最初の1、2年は意外に提案が出てこない。それで「発想を変えよう」と呼びかけ、社名と「発想」から「Hassojitz」(ハッソウジツ)と命名した新規事業コンテストを始めた。 すると、突拍子もない案が100も出て、絞り込みが大変。もう8年目、みんな現実的になって「事業をお金にするには、どうするか」を考えるようになった。まだ期待には届いていないが、少なくとも案件を出し、投資をしていくという発想は膨らんだ。ことし4月、会長になったがCEOのままだから、コンテストの選定は続けている。 近年はM&Aで事業を手にする手法が目立つが、ないものを一からつくっていくという発想は、総合商社の原点だ。歴史をみれば、日本になかった製鉄所をつくったなど、例はいくつでもある。未知の世界から遠ざかるのではなく、やはり果敢にぶつかってほしい。通い巡った小中高8校から得た『源流』からの流れが、そう促している。(ジャーナリスト・街風隆雄) ※AERA 2024年12月23日号
街風隆雄