考察『光る君へ』40話 一条帝(塩野瑛久)辞世の歌の「君」とは?「なにゆえ女は、政に関われぬのだ」中宮・彰子(見上愛)の憤りが道長(柄本佑)に届かない
苦悶の泥沼に叩き込む
夜が更けて、ひとり執筆するまひろ(吉高由里子)。 「誰も千年の松にはなれぬ世では……」『源氏物語』36帖「柏木」だ。 光源氏48歳。彼の妻である女三宮に恋をし、密通した若者、柏木は、光源氏に事が発覚したことを知って恐れ慄き、病に伏してしまう。病状は重くなる一方で、柏木はこれが最期と女三宮に別れの手紙を送る──。 まひろがここまで書いたとき、灯がふっと消え、漂う煙をまひろがじっと見つめる。 この先、『源氏物語』はこう続くのだ。 瀕死の床の中、震える手で書いた柏木からの女三宮への別れの手紙には、 いまはとて燃えむ煙もむすぼほれ絶えぬ思ひのなほや残らむ (もう最期かと思われます……私の体はもうすぐ燃えて消えます。その煙は燃えくすぶって、この思いと共に残るのでしょう) とあった。これに対しての女三宮の返歌は、 立ち添ひて消えやしなまし憂きことを思ひ乱るる煙くらべに (私も一緒に煙となって空に立ち昇り消えてしまいたい。私の苦しさとあなたの苦しさとを競うのです) ……このやり取りとなる。道ならぬ恋に苦しみ、愛しい女性が産んだ我が子──薫に会うこともできず柏木は息絶え、女三宮も光源氏が止めるのも聞かず出家してしまう。光源氏はかつて己が犯した罪を抱えるように、不義の子を抱くことになるのだった。 まひろ「罪を犯した者は……」 自分と道長とが犯した不義を物語の中に仕込んで、まるで自分たちを罰するかのように登場人物を苦悶の泥沼に叩き込んでゆくのだ。
まさか崩御とは
寛弘8年(1011年)。民の生活を思い、倹約を心がける一条帝を、彰子が「主上は太宗皇帝と同じ名君でございます」と讃える。妻が新楽府を学んでいると気づいた帝は喜び、ふたりの愛は更に深まるが、病が帝を襲う。 帝は公の場でも体調不良を隠せなくなった。御前を下がる道長の表情は読めないが、少なくとも主上の心配をしている様子はない……。 そして日記(『御堂関白記』)にこう記す。 「主上は尋常ではあらせられない すこぶる重くお病みなされた」 じっと考える道長、カラスの鳴き声が不吉に響き渡る。 内裏で易筮(えきぜい/占い)をしているのは、赤染衛門の夫・大江匡衡(おおえのまさひら/谷口賢志)だ。匡衡は道長に、占いには世が変わる、崩御の卦が出ていると告げる。そのやり取りを一条帝が見ている。『権記(ごんき/藤原行成の日記)』にも、道長が占いの結果を聞いて涙を流しているのを帝が御几帳の帷の隙間からご覧になって、ご自分の病状を察してしまわれた。そしてますます御病が重くなった……と記されている。 史実もドラマも、重病人のすぐそばで本人の命に関わることを話すなよ、デリカシーないなあ! わざとか? わざとなのか? とツッコんでしまった。 柄本佑演じる道長は涙を流す代わりに、 「ご譲位はあるかと思っていたが、まさか崩御とは」 静かだが突き放したような口調に、ゾクッと背筋が寒くなる。
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