《ブラジル記者コラム》恩赦委員会と資産凍結法廃止要請=終戦直後には犯罪だった皇室崇拝
戦争中の日本移民迫害が勝ち負け抗争の一因に
1975年に刊行された日本移民小説選集『コロニア小説選集』(全3巻、コロニア文学会)〈1〉の第2巻に収録されている安井新(本名・藪崎正寿)の小説『路上』(1958年第2回パウリスタ文学賞受賞)には、戦中の45年2月、一千家族の日本人植民地が約400人の州兵によって徹底的に家宅捜索され、略奪・暴行を受ける様子を小説として描いた。 当時の日本移民の心境を説明して、こんな一節を書いている。 《もし祖国が何の価値もない下らない国となり果てたなら、自分達も同時にそう扱われるだろう…と移民たちは考え始める。ジャポンと呼びかけられ疵付かないためには、常に祖国は優秀であらねばならない。ジャポネイスと呼ばれ動じないためには、そのジャポンに絶対の矜持を持つ他ない。(中略)つまり、「民族的自覚」とはそのような保身の絶対絶命から生み出されたものなのだ。がそれはやはり弱者の意識だ。(中略)在留邦人の「民族的自覚」はしかし当局の取り締まりが厳重の度を増せば増すほど白熱化していった。一般在留邦人にとって祖国の勝利は冷静な判断の帰結としてではなく、寧ろ唯一の祈願として信念化したのだ。…日本は勝たなければならない…》 そこには、戦中にブラジル官憲によっていじめられた経験から、終戦後に「今にみていろ。日本は勝っているはず。日本軍が敵を取ってくれる」との信念を持たざるを得なくなっていた勝ち組大衆の心情が、どう形成されたかが描かれている。 戦争中の迫害によって「戦勝」を信じていただけの日本移民は、戦後「勝ち組テロリスト」として危険視された。1946年1月、ツッパンの一集団地で新年会をしていたところ、「祝勝会をしている」との告発が警察に寄せられ、署員が現地にいくと日の丸を掲揚して正月を祝っており、即解散を命じて車代と称して600クルゼイロスを巻き上げ、日の丸を押収。その警官が国旗で革長靴をぬぐっているところを日本人が目撃。国辱問題だと奮起した若者7人が警察署に駆け付けた。