「痩せているのにダイエットしたい」社会背景と健康リスクに向き合う
SNSによる、歪んだボディイメージの刷り込み
――本来は痩せる必要のない人までもが自分の体に満足できずダイエットに駆り立てられてしまう、という背景には、何があるのでしょうか? 室伏先生:自己のボディイメージはメディアや社会文化に影響を受けるため、例えばSNSで痩せすぎている、非現実的な体型の写真などに触れ続ければ、歪んだボディイメージが刷り込まれ、形成されていく可能性は否めません。 ――ボディイメージの歪みにつながるような、偏った社会認識や知識を変えるにはどうすればいいのでしょうか? 室伏先生:やはり、若い年代からの教育的アプローチは重要になると思います。日本では運動や食事に関する教育や情報発信は充実しているように思いますが、自他ともにボディイメージをどのように認識していくと良いのかなど、教える側の情報量や知識量にはまだ改善の余地が大きいと思います。まず、保護者や生徒に密接に関わる教職員の知識をアップデートしていくといいと思います。 今回はさまざまなデータを紹介しましたが、データのみで対応や解決策を検討するのではなく、実際に若い世代の皆さんと膝を突き合わせて生の声を聞きながら一緒にウェルボディについて考えていくとよいですね。
海外でのボディイメージの現状と日本のこれから
――海外の事例で参考になる事例はありますか? 室伏先生:先行研究をみると、例えば海外では学校教育においてボディイメージ教育プログラムを導入した事例があります。ボディイメージ教育とは、個人が自身の身体に対し、健康的で肯定的な見方を持つように促すプログラムや取り組みを指します。この教育では、自尊感情の向上、摂食態度の改善や摂食障害等の予防、メディアから受ける影響への批判的思考能力の育成などを目指しています。 あるカナダのプログラム*1では、一定期間にわたりボディイメージ満足度や自尊感情、ダイエットに対する態度が改善するなど、ポジティブな効果が示されています。また、摂食障害と家族や仲間の影響との関係を評価した研究*2では、思春期のダイエット行動、体形への不満、過食症の症状には、家族と仲間の両方が不健康な食習慣に影響を与えているというメタ解析のデータもあります。 日常的な社会的交流は思春期世代への不健康な食習慣に影響を与えますし、特に両親や同世代の仲間の体重に関する問題は、思春期の少年少女に伝播する可能性があるとされています。 体形が変化する思春期の年代だからこそ、身近な他者からの容姿や体型に関するコメント体型に関して嫌なコメントを発せられた際の対応について教育が必要であり、もし言われたらどう返答するのかを学ぶことも重要です。また、心理学的な視点から容姿や体型に関するコメントが人間関係やメンタルヘルスにどのような影響を与えるかについても理解することが大切だと思います。 *1 McVey, G. L., Davis, R., Tweed, S., & Shaw, B. F. (2004). Evaluation of a school‐based program designed to improve body image satisfaction, global self‐esteem, and eating attitudes and behaviors: A replication study. International Journal of Eating Disorders, 36(1), 1-11. *2 Marcos, Y. Q., Sebastián, M. Q., Aubalat, L. P., Ausina, J. B., & Treasure, J. (2013). Peer and family influence in eating disorders: A meta-analysis. European Psychiatry, 28(4), 199-206. ――『マイウェルボディ協議会』の公式ページを見ると「ひとりひとりが自分らしく心地よくあり続けられる健康な身体=“ウェルボディ”を、自らの意志で選択できる社会」とあります。個人だけではなく、社会も含んでいるのが印象的でした。 室伏先生:ウェルボディのためには体や心の健康はもちろん、健康な心持ちで社会と接し、社会の一員として満たされることが大切です。だからこそ、若い女性の痩せを社会課題として捉え、個人の努力にとどまらず社会全体で取り組んでいけるように、『マイウェルボディ協議会』を通じて、皆さんと力を合わせご一緒に取り組んでいければと願っています。 医学博士・マイウェルボディ協議会代表幹事 田村好史先生 医学博士。マイウェルボディ協議会代表幹事。順天堂大学大学院医学研究科 スポーツ医学・スポートロジー教授。糖尿病学・運動生理学・運動疫学などスポーツと医学による予防医学(スポートロジー)を研究。 スポーツ健康科学博士・マイウェルボディ協議会副代表幹事 室伏由佳先生 スポーツ健康科学博士。マイウェルボディ協議会副代表幹事。順天堂大学スポーツ健康科学部/大学院スポーツ健康科学研究科 先任准教授。株式会社attainment代表取締役。専門領域は、女性の健康課題、アンチ・ドーピング(スポーツ医学)、スポーツ心理学等。2004年アテネオリンピック陸上競技 女子ハンマー投出場経験があり、アスリートとしてのキャリアを有している。 取材・構成・文/長田杏奈 構成/種谷美波(yoi)