フェルメールはなぜ「手紙」と「楽器」をたくさん描いたのか…絵画で伝えようとした寓意とは
フェルメールはいろいろなモティーフを使って絵に語らせました。現存する作品には手紙を書いたり読んだりしている女性が6作品、ヴァージナル、リュート、ギターなど楽器を引いたりしている女性が9作品ととても多く登場します。ここにも当時のオランダならではの理由とフェルメールが込めた寓意がありました。 【写真】最晩年の作品《信仰の寓意》 文=田中久美子 取材協力=春燈社(小西眞由美) ■ 手紙を読んだり書いたりできる教養ある女性たち 17世紀のオランダが信奉していたプロテスタントは、聖書を読むことを大事にしていました。また、商業国家だったため契約書などを読めないと差し障りがありました。そのため教育レベルが高く、大人の識字率は90%、女性の書字率は32%とヨーロッパ諸国の中でもとりわけ高かったのでした。 そのような背景があったオランダでは、1630年代から手紙をテーマにした風俗画が盛んになり、「書簡画」と呼ばれるジャンルも生まれました。そこには識字率、書字率の高さとともに郵便制度の発達が挙げられます。17世紀に最初にオランダで郵便制度が整ったのがオランダでした。それまで契約書などパブリックなものだった書簡がプライベートなやり取りをするものへと変わっていったのです。 市民にとって最も関心が高かったのがラブレターです。当時はラブレターの書き方を紹介する本も数多く出版されました。 《恋文》は、ドアの向こうにいる2人の人物を手前の部屋から覗くという構図や、箒、カーテン、床の模様など、ピーテル・デ・ホーホの《男と女とオウム》と共通点が多い作品です(前回参照)。しかし人物の表情、色遣い、光の表現などの効果が巧みで、秀作といえます。 後ろの画中画の海景図は、「旅をする恋人を待っている」という意味が込められたエンブレマータがその典拠とされています。そのため女性が手にしているのは旅先の恋人からの手紙だと想像できるのです。 このようにフェルメールは手紙を書いたり読んだりして、喜んだり憂いを見せたりする女性の姿を通して、観る者の想像力をかき立てるような物語性を色濃く表現したのでした。 もう一つフェルメールが頻繁に描いたモティーフがヴァージナル、チェンバロといった鍵盤楽器や、リュート、ギターなどの弦楽器です。17世紀は家族や愛好家が集まって楽器を演奏するということが盛んになった時期でもありました。 とくにヴァージナルやチェンバロは高額で、かなり裕福な家庭に限られていました。つまりフェルメールの手紙や楽器が登場する作品の女性は、教養があって裕福な家庭の妻や娘ということです。 また、《レースを編む女》(1669-70年)は家事をする女性の美徳を表現しています。17世紀のオランダの風俗画ではレース編みや裁縫をする女性を、勤勉な女性のシンボルとして好んで描きました。 《天秤を持つ女》(1622-65年)も女性の美徳を表現しています。17世紀の風俗画ではコインを量っている女性には、悪貨を見分け家計を守る主婦の美徳を讃えるという意味がありました。 音楽や裁縫は結婚前の嗜み、結婚してからは良妻賢母というモラルが感じられる風俗画が多くあり、それらは当時のオランダ社会の女性の理想を表しています。 フェルメールが描く品をたたえた女性たちは、17世紀オランダ社会が求めた女性観を見事に描き出しているといえるでしょう。