やはり原始ブラックホールはダークマターにはなりえない?
■重力マイクロレンズ効果を使ってダークマターの正体を探る
「重力マイクロレンズ効果」という現象を利用して、こうした原始ブラックホールのような比較的質量の大きな物体がダークマターとして存在しているのかを調べる方法があります。「重力レンズ効果」とは一般相対性理論に基づく現象であり、星や銀河などの光が望遠鏡に届くまでの直線上に非常に重い物体があった場合、重い物体がレンズのような役目をし、その星や銀河の像が歪んだり分裂して見えたりする現象のことです。 しかし、はっきりと像が歪んだり分裂したりするのはレンズの役目をする物体が極めて重い場合のみで、軽い物体の場合はレンズ効果が弱く、背景の星の光が一時的に強くなる「増光」のみが観測されます。この増光を検出することで、視線上にある見えない物体を探す方法を「重力マイクロレンズ法」と呼びます。 地球から望遠鏡で大マゼラン雲の中にある星を観測した場合、その星の光は大マゼラン雲と銀河系(天の川銀河)の間に存在するはずのダークマターの中を通過して望遠鏡に届きます。もしダークマターの正体が原始ブラックホールだった場合、大マゼラン雲の星の光が原始ブラックホールによって重力マイクロレンズ効果を受ける可能性があります。その増光現象が検出される頻度や継続する期間の長さは、原始ブラックホールの質量や個数によって決まります。なので、長期間にわたり大マゼラン雲の多数の星を観測し続け、増光現象を統計的に調査することで、原始ブラックホールの存在やその質量などを探ることができます。
ワルシャワ大学のPrzemek Mróz氏らは、科学雑誌Natureに掲載された新たな研究において、2001年から20年間に渡り大マゼラン雲の中心部分にある7870万個もの星の明るさの変化を観測し続けることで重力マイクロレンズ現象を探し、原始ブラックホールがダークマターの正体となり得るかどうかを調査しました。 その結果によると、観測された重力マイクロレンズ現象は20年間で合計13回のみで、それらはどれも1年以下の短い増光期間のものばかりでした。Mróz氏らの理論モデルによる予測だと、例えばダークマターが太陽と同じ質量の原始ブラックホールで構成されていたと仮定した場合、合計554回の重力マイクロレンズ現象が観測されるはずだと試算しています。この予測に比べて、実際の増光現象がわずか13回だったというのは明らかに少ないと言えます。 検出された増光現象は、すべて大マゼラン雲の中にある別の恒星がレンズの役割をしたことで起こったと考えても、確率的に何ら不自然ではない結果であり、ダークマターの正体が原始ブラックホールであることを積極的に示す結果は得られなかったとMróz氏らは結論しています。さらに具体的には、Mróz氏らは観測データから、太陽の質量の約6倍から2万分の1倍までの重さを持つ原始ブラックホールは、ダークマターの中に存在していたとしても全体の1%にも満たない量だろうと計算しています。 では、質量が太陽の2万分の1よりも小さな原始ブラックホールについてはどうでしょうか? 太陽の2万分の1であっても、まだ地球の10倍くらいの質量です。これに関しては、日本のグループがすばる望遠鏡を用いた過去の研究(下記の参考文献参照)において、太陽質量の約100億分の1までの原始ブラックホールを考えても、ダークマター総量の1%以下だろうと結論しています。原始ブラックホールという天体の存在が完全に否定されたわけではありませんが、あったとしてもダークマターを説明するほど豊富には存在していないようです。 Source Mróz et al. (2024) “No massive black holes in the Milky Way halo”, (Nature) (arXiv) Niikura et al. (2019) “Microlensing constraints on primordial black holes with Subaru/HSC Andromeda observations”, (Nature Astronomy) (arXiv)
文/井上茂樹 編集/sorae編集部