ポテチ界の巨人・カルビーにはない"あの味"がある…「シェア0.3%」の菊水堂が60年間も生き残れている理由
■賞味期限はたった2週間、購入するには直接注文 一般的なポテトチップスの賞味期限が6カ月であるところ、「できたてポテトチップ」の賞味期限は製造日からたった2週間。しかも菊水堂の推奨は1週間だ。油は時間がたてば必然的に劣化する。少しでも味が落ちたものを食べてほしくないという製造者の強い意志の表れだ。 賞味期限が短いだけに、問屋を介して全国の売り場に流通させるような時間はない。他の大手メーカーがそうであるように、製造してから売り場に並ぶまでに最低1週間はかかってしまうからだ。 それゆえ菊水堂は直販体制を敷く。ネットで注文を受け付けて製造日に即日配送し、最速で製造の翌日、遅くとも2日後に届ける。ただ、それで鮮度は保たれる一方、食べたくなった瞬間に近所のコンビニで買える、といった利便性は犠牲になっている。 「できたてポテトチップ」のネット通販価格は120g×6袋で税込1980円。ここに送料がかかる。ことさら高いわけではないが、送料分を考慮すると、大手メーカーのポテトチップスに比べてやや“割高”と捉える人もいるだろう。 ■規模と効率を追求しないからこそ得られるベネフィット 手に入れにくく、割高。実に不親切な商品である。しかし2024年7月現在、「できたてポテトチップ」は1日に約1万袋出荷されており、常に工場の生産限度ギリギリ。「昔ながらの町工場が作り続ける、昔ながらのポテトチップス」といった綺麗事やノスタルジーだけで、このような売り上げの継続は不可能だ。 「規模こそ正義、効率こそ正義」を是とする資本主義社会の企業間競争において、シェア0.3%の極小企業が生き残っている理由。それは、むしろ規模と効率を追求しないことで得られるベネフィット――「できたてポテトチップ」の唯一無二性――に一定数のファンが価値を見出しているからだ。 規模と効率を追求しないことが、ある消費者にとっては余計にカネを出してもよいと思える価値となりうる。だからこそ菊水堂は、生き馬の目を抜く菓子業界で、創業から70年以上も〈零細企業のまま〉生き残り続けているのだ。 ---------- 稲田 豊史(いなだ・とよし) 編集者/ライター 1974年、愛知県生まれ。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経てフリーランス。著書に『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ コンテンツ消費の現在形』(光文社新書)、『ポテトチップスと日本人 人生に寄り添う国民食の誕生』(朝日新書)、『このドキュメンタリーはフィクションです』(光文社)、『ぼくたちの離婚』(角川新書)ほか多数。 ----------
編集者/ライター 稲田 豊史