【この人に聞きました】鳥との絆が作る千年の歴史と技
鵜匠 沢木万理子さん
大河ドラマ「光る君へ」の癒やされキャラ、上地雄輔さん演じる藤原道綱(みちつな)の母は、宇治川で鵜飼を見た時の驚きを蜻蛉(かげろう)日記に綴っている。旅の疲れもあったのだろう。かがり火を焚いた舟が闇に浮かぶ幻想的な光景を眺めているうちに夜も更けて、眠りに落ちてしまったという。 平等院が藤原氏の栄華を誇り、源氏物語の舞台になった京都・宇治市。山々の合間を流れる宇治川の鵜飼は、はるか昔の民の営みを今に残している。風折烏帽子(かざおりえぼし)に腰蓑姿の鵜匠、沢木万理子さんのキャリアは20年、「伝統を伝えることが、私の使命」と言う。
29歳の時だった。それまで派遣社員として働いていたが、子供の頃から大好きだった鳥を扱う仕事がしてみたい、と転職先を探していた頃、ふと思い出したのが、学生時代に嵐山で出会った鵜飼だった。受け入れてくれるのか、不安はあったものの、鵜匠は60代の男性3人だけ、後継者不在で若手の飛び込みは大歓迎だった。 しかし、現実は厳しい。女性用トイレも着替える部屋もない。最悪の環境でスタートした修行の第一歩は、365日、鳥たちの世話をして、彼らの信頼を得ること。シャイな鳥、負けず嫌い、お調子者もいる。大切なのは、それぞれの個性を知って、呼吸を合わせること。「習うより慣れろ」の世界だった。
3年経って、追い綱で6羽の鵜を操り、「全国初の女性鵜匠」とマスコミに持ち上げられるようになったが、休みがなく、体調を崩したことも。だから、後輩の女性が応募してきた時は「修行に専念できる環境にしてあげたい」と親身になって指導した。宇治市観光協会の職員も兼ね、「教える立場になり、鵜匠としての自分に向きあえるようになった」と言う。人工孵化も全国初の快挙だ。追い綱をはずした放ち鵜飼が昨年復活したのも、卵から雛、若鳥へ、心を込めて育て上げ、親子のような絆が生まれたからだろう。宇治の鵜匠は今、3人とも女性。優しい眼差しで見守りながら、彼女たちが千年の歴史を支えている。 文・三沢明彦 ※「旅行読売」2024年11月号より