周囲の人々を戸惑わせた、光君の「大胆な申し出」 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・若紫③
それを聞いて尼君は言う。 「本来ならたいへんうれしく存ぜられますお話ですが、何か聞き間違えていらっしゃることがおありではないかと、憚られます。老いた私ひとりを頼りにしている娘はおりますが、まだ聞き分けもない年頃でして、大目に見ていただけるところもまるでないと存じますので、お話を本気で伺う気持ちにはなれません」 「私はすべてくわしく聞かせていただきました。どうぞ堅苦しくお考えにならないでください。いい加減などではない、私の思いの深さをどうかご理解ください」
と光君は言うが、いかにも不釣り合いなことをそうともわからずにおっしゃっているのだと尼君は思い、真面目に取り合おうとしない。そこへ僧都が戻ってきたので、 「まあ、いいでしょう。お願いの口火はもう切りましたから、心丈夫というものです」と光君は屛風を閉めた。 次の話を読む:「少女への思い」語る光君と、聞き入れぬ者の逡巡 *小見出しなどはWeb掲載のために加えたものです
角田 光代 :小説家