周囲の人々を戸惑わせた、光君の「大胆な申し出」 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・若紫③
ということは、あの女童は、兵部卿宮とその亡くなったひとり娘との子なのだろうかと光君は考える。先帝の皇子(みこ)である兵部卿宮は藤壺(ふじつぼ)の兄、なるほどだからあのお方に似ているのかと思い、なおいっそう心惹かれ、我がものにしたいと思う。品格があってかわいらしいし、なまじっかの小賢(こざか)しさもないようだし、親しくともに暮らして、思いのままに教育して成長を見守りたい。 「それはたいそうお気の毒なことですね。そのお方は、お残しになった忘れ形見の御子もいらっしゃらないのですか」
あのあどけない少女の素性をなおはっきりと確かめたくて光君はそう訊いた。 「亡くなります直前に生まれました。それも女の子でした。女の子ですから心配の種も尽きないと、老い先短い妹は嘆いております」 という僧都の言葉を聞いて、やはりそうかと光君は納得し、口を開く。 「つかぬことを申し上げますが、この私をその幼いお方のお世話役にお考えくださるよう、尼君にお話しいただけませんでしょうか。私には妻もおりますが、どうにも気持ちがしっくりといかず、思うところあってひとり身のような暮らしを続けております。まだ不似合いな年齢なのにと、世の常の男の申し出と同様にお考えになられますと、この私は間の悪い思いをすることになりますが」
■読経の声がとぎれとぎれに聞こえ 「まったくよろこんでお受けするべき仰(おお)せ言(ごと)でございます。けれどまだいっこうに頑是(がんぜ)ない年でございますので、ご冗談にもお世話いただくわけには参りません。そもそも女性というものは、周囲の人に何かと世話をされて一人前になるものですから、僧都のわたくしからくわしい意見は申し上げられません。あの祖母によく相談いたしました上でご返事申し上げましょう」 僧都は取りつく島もない様子でそっけなく言い、年若い光君は気が引けて、それ以上うまく話すことができない。