天と地の境を往復する37歳の不死鳥力士が、十両昇進最多記録の先に描く夢の続き 「百福是集」の化粧まわしに込められた恩師北の湖への思慕と、北磻磨の相撲愛
今も頭から離れない恩師の思い出は二つ。一つは新十両昇進の記者会見後だ。残っていた報道陣から指導力を持ち上げられた北の湖親方は「違う。あいつが頑張ったから上がったんだよ」と即答した。自分が席を外した後の出来事で、他の力士から伝え聞いてうれしくなった。 もう一つは新十両の場所で3勝7敗と負け越し寸前の崖っぷちから、残り5日間を5連勝で勝ち越した時だ。千秋楽打ち上げパーティーのスピーチで「これは大したものです」と、たたえてくれたという。 二つとも直接褒めてくれたわけではない。それでも師匠の愛情をひしひしと感じ「見ていないようで見てくれている。さりげない優しさがあった」と述懐する。稽古で前に落ちるような悪い角度の立ち合いをすると「おいおい、水泳の飛び込みじゃないんだから」と笑いながら指摘するユニークさの一方、新弟子時代にたった一人で夜の稽古場で四股を踏んでいたら「もういいぞ。一緒に上がろうか」と包み込むように語りかけてくれた温かさも覚えている。
▽異例の朝食導入、生活改革とルーティン継続で復活 北磻磨は身長181センチ、体重130キロ前後と力士としては軽量で大きくない。取り口は突き、押し主体の正攻法。巧みな投げ技や小技があるわけではなく、器用なタイプでもない。ひたすら真っすぐ当たる愚直な取り口の代償で首の痛みは慢性化し、30代半ばを過ぎると衰えも出てきて関取の座から遠ざかった。 転機は幕下下位の昨年2月だった。同期生の二所ノ関親方(元横綱稀勢の里)が茨城県阿見町に設立した二所ノ関部屋へ初めて出稽古すると、力士たちが稽古前におにぎり、うどんなどの朝食を取っていた光景に遭遇。角界では一般的に稽古終了まで何も食べないだけに、新鮮に映った。同時に「同期生がこんな立派な部屋を建てたんだ」と大きな刺激も受けた。 体格に恵まれないだけに、体に対する意識は人一倍強い。「常に立ったり座ったりして股関節を柔らかくしなければ、けがにつながる」が持論。例えば2時間以上の新幹線移動は1時間おきに立って車内デッキまで歩いて体をほぐし、座席で足をぶらぶらさせて血流を促す。実際に稽古場の上がり座敷に座っての取材中に「気にしないでくださいね」と前置きし、途中から立ち上がって話し続けた。