天と地の境を往復する37歳の不死鳥力士が、十両昇進最多記録の先に描く夢の続き 「百福是集」の化粧まわしに込められた恩師北の湖への思慕と、北磻磨の相撲愛
一度やると決めたら突き詰める性格で、朝食は二所ノ関部屋への出稽古後から早速導入。メニューは毎日変わらず、おにぎり1個、バナナ1本、はちみつ入りヨーグルト、ゆで卵1個、麦芽飲料ミロ入りの豆乳というこだわりだ。午前6時起床で食べ終えると、腹筋と体幹のストレッチ運動と20分間のウオーキング。10年以上も続けているルーティンをこなしてから土俵に下りる。稽古を始める前から汗びっしょりの力士は極めて珍しい。努力の継続に生活習慣の改革が加わり、力がじわじわと戻ってきた。 「朝食の効果で稽古の質が落ちなくなった。スタミナが持続され、けがの予防にもなる」と手応えを実感した。幕下から三段目に落ちた23年秋場所で7戦全勝優勝し、再起のきっかけをつかむ。24年の年頭には10キロ近く体重が増え、130キロ台を突破。復活劇へとつながり「朝食のおかげだと思う。前に出る力が上がってきた」と語る。土俵生活20年を超えても新たな取り組みに着手する探究心と謙虚さ、結果に関わらず同じことを長く続けられるひたむきさと執念は見習うべきテーマだと痛感した。
▽夢は続く「あの染め抜きを着るために」 1場所で幕下に落ちた北磻磨だが「まずは10度目の十両昇進を目指す」と史上最多記録の更新を見据えている。「まずは」と言ったのは、夢の続きがあるからだ。 新入幕の時、北の湖親方の妻とみ子さんから新しい染め抜きを贈られた。自分のしこ名や模様を染め抜く夏用の着物で、幕内力士だけが着用できる。北磻磨は1場所で十両に落ちたため、とみ子さんが図柄から考案して1年がかりで完成した逸品に袖を通せていない。聞けば、重厚な黒色の生地の背中には、赤色をベースにした不死鳥が大きく描かれているという。「先代のおかみさんがじっくりと考えて作っていただいた。あの染め抜きを着るために、自分は幕内にもう一度上がらなければいけない」。夢がある限り、人は夢中になって頑張れる。 大相撲は世代交代が急速に進み、ベテランにとって厳しい闘いが待ち受ける。ただ北磻磨には「相撲を好きだと思う気持ちが止まらない」という土俵への愛情がある。「相撲は白か黒かのどちらかで、一瞬で勝負が決まるのがいい。勝てなくて嫌いになりかけたけど、やっぱり大好き。好きなまま、このまま終わりたい。でも心の中の火はずっと燃えている」
春場所で締めた若葉のような緑色のまわしは、ここから花を咲かせる気概を感じさせた。そして再び幕内へ上がり、己の生き方を体現するかのような不死鳥の染め抜きを身にまとえるのか。人生模様が凝縮された北磻磨の勝負は、まだまだ終わらない。