外科医がハマった離島の面白さ ~グローバルな視点で格差に挑む~
◇宮古島で子育てをしたい
32歳の時に宮古島に赴任してまもなく子どもを授かりました。宮古島は地域全体が子供に対して寛容で子育てに優しい風土があります。どこにいても誰がどこの子というのがわかり、子どもが一人でいても気軽に声をかけてくれますので安心して子育てができます。「この土地で子どもを育てたい」。出産は宮古島に住み続けることを決意した大きなきっかけとなりました。 外科医には、専門領域を極めるか、広く外科全般の診療に携わるか大きく二つの選択肢があります。多くの場合、外科専門医を取得後、専門領域に進んで手技を磨き、部位別専門医になるのが王道とされています。私も医師になった当初は心臓血管外科医を目指そうと考えていました。けれども宮古島で診療を行っていくうちに、自分のやりたいことを実現するよりも、目の前の患者さんに合わせて、幅広く診療の知識や技術を身に付けることにやりがいを感じるようになりました。狭い分野を極めるよりもむしろその方が自分には向いているのではないかと思ったのです。
◇情報共有できず悶々とする日々
宮古島で働いていると、常に人手不足が問題となっています。離島に限らず、大都市以外の国内のほとんどの地域は医師不足や医師偏在の問題を抱えていて、地域によっては必要な治療が受けられず医療格差が生じています。けれども地方の一般外科については情報がほとんどなく、外科医の間でもあまり知られていません。私のように地域に根ざした診療を行っている外科医は国内に一定数はいますが、都市部で行われている学会に積極的に参加したり発表したりすることがないため、他の地域の現状を知る術がなく悶々(もんもん)としていました。 自分が離島で住民と密接に関わって感じていること、都心の病院で働いていたら得られなかった情報をなんとか形にできないかと模索し始めました。
◇一家でオーストラリアへ
海外ではマラリアやコロナのように世界で感染症が流行した場合、遠隔地やへき地と言われる地域でも格差なく治療が受けられるようにする「グローバルヘルス」という地球規模の取り組みがあります。それと同じように地域格差なく外科治療が受けられる「グローバルヘルス外科版」が必要なのではないかとずっと思っていました。 2015年に世界の人々が基本的な外科医療にアクセスできるようにするための重要な取り組み「グローバルサージャリー」という概念が提唱され、世界中に広がりつつあることを知りました。日本国内の地域格差の問題もグローバルな視点で解決できるかもしれない。オックスフォード大学で開講されていた講座の受講を試みたところ公衆衛生の学位(MPH)が必要でした。国内での取得も可能ですが、沖縄には留学や研修で県民を海外に送り出す制度があり、過去にも多くの先輩たちが海外で学び、地元に還元しています。せっかくなら英語で学ぶ方が理解も深まり、自分のやりたいことにつながるのではないかと考え、42歳の時に思い切ってシドニー大学への留学を決断。家族(夫と子ども2人)と共にオーストラリアに移住し、1年半でMPHを取得後に帰国しました。