認知症の母・ダウン症の姉・酔っぱらいの父と暮らすにしおかすみこ「休日の朝」と壊れた自転車
毎日のように自転車を利用している人にとって、「自転車が壊れる」というのは、死活問題だ。保育園の送迎や通勤通学など、時間が大幅に狂うことになる。 それが、認知症の母の愛用自転車だったらどうなるだろう。 【写真】3D壁画ってどんなの? 認知症の母、ダウン症の姉、酔っぱらいの父と2020年から同居しているにしおかすみこさん。毎月20日更新の連載「ポンコツ一家」33回前編では、仕事に行くのに寝坊したにしおかさんが、母の愛用自転車に乗ろうと思ったら壊れていたことをお伝えした。 ではその自転車、どうするのか…。
やっと休みの日の朝5時
やっと休みの日。疲労困憊のため、とりあえず家事は放棄し朝寝坊を決めていた。朝5時、活発な尿意で目が覚める。自分の膀胱に「ババァ」とボヤキながらトイレに行く。 シュッシュ。 階下から聞こえてくる。その後バタンと玄関を出て行く音。……外からガチャンと、これは自転車のスタンドが跳ね上がる音。……「あれ? 何で? あれ?」といぶかしがる声。……あのババアに比べたら私など若輩者だ。 トイレを済ませ、パジャマの上から一枚羽織り様子を見に行く。 ここ数日間、私の見る限り毎朝故障したままの電動自転車に母が乗ろうとしている。 20~30メートル先からこちらに向かって戻ってくるところだ。 サドルにまたがったまま両足を地面につけ小刻みに進む。1歩足を出すとペダルが両スネにぶつかるようで「イタ、イタ、イタタ」と、自らの拷問に顔を歪めている。玄関前に立つ私を見つけ、 「どうせ壊れた人が壊れた自転車に乗ってると思ってるんだろ!」と。朝の静けさに怒声が響く。 「思ってないよ」と返したけど……思った。ドキッとする。
「あのねえ!」
母が「あのねえ! 自転車が壊れてるんだよ! 今の今まであんた知らなかっただろう? でもママはとっくに気づいてた。タイヤの空気が抜けてるんだよ。それか充電が空なんだよ。それくらいママにだってわかる! あんたは中にすっこんでろ!」と。 私がバカにしていると思うのだろうか。バカになどするものか。するはずがない。いまだに、ときどき無性に悲しく切なくなるだけだ。……それを察知するのか。 言われるがままにウチに入り、二度寝するにも中途半端に目が覚めてしまい、台所で朝ごはん兼作り置きの支度を始めながら、外の音を見守る。 母がゴソゴソと倉庫から空気入れを持ち出す音。それをパンパンのタイヤ栓に当て、プシュープシューっと入っていない音。部屋に戻り満タンのバッテリーを充電し、ものの数分で戻しに行く音。 「やれやれ、直ったよー。すみー? ど~れ、ちょっとその辺、一周りしてくるよ」と。出かけるようだ。 一応見に行くと、サドルにまたがったババアがヨロヨロとバランスを崩したのだろうか。目先のご近所宅の壁沿いに3D壁画のように貼り付いている。 「進まない……動けない……助けてぇ~」と。降りればいいんだよ。難しいの? ……母よ。やはりバカにしたいかも。