広く「不確定性原理」と呼ばれているものには多くのバージョンがあるのをご存知でしたか?
物理に挫折したあなたに――。 読み物形式で、納得! 感動! 興奮! あきらめるのはまだ早い。 大好評につき5刷となった『学び直し高校物理』では、高校物理の教科書に登場するお馴染みのテーマを題材に、物理法則が導き出された「理由」を考えていきます。 【写真】なぜ人は「光」は見ることができて「音」を見ることができないのか? 本記事では原子・分子編から、不確定性原理についてくわしくみていきます。 ※本記事は田口善弘『学び直し高校物理 挫折者のための超入門』から抜粋・編集したものです。 ---------- 原子・分子編は有り体に言って高校の物理だと蛇足のレベルに属する。書いてあることはほぼ羅列的だし、読んでも内容が理解できるとは思えない。だいたい、多くの内容は大学で学ぶ内容であり、ここで結果だけ書かれてもわかるとは思えない。 しかし、それも癪なので、ここではある程度何かしらわかったような気持ちにちょっとでもなっていただこう。 ----------
なんとも不条理な「不確定性原理」
不確定性原理は、量子力学では比較的有名な原理で、多くの高校の教科書にも名前だけは出てくることが多いが、実は、広く不確定性原理と呼ばれているものには多くのバージョンがある。 ---------- 運動量の不確定性×位置の不確定性≧プランク定数 ---------- という式は、その最大公約数なところを雑にまとめただけの不等式にすぎないし、「位置と速度を同時に決めることはできない」という常套句もかなり雑な言い方である。量子の世界では「同時に」とか「決める」という当たり前の言葉がそうそう簡単に定義できないからだ。 そもそも、このプランク定数という定数の発見の歴史が(悪い意味で)振るっている。ご多分に漏れず、このプランク定数のプランクは人の名前なのだが(正確にはマックス・カール・エルンスト・ルートヴィヒ・プランク)、そもそもこのプランクさんは、このプランク定数という定数を求めたとき、自分が量子力学という新しい科学を作っているという自覚はさらさらなかった。 じゃあ、何を研究していたかというと「物体の温度を非接触で測る」というきわめて現実的で工学的な問題を解決しようとしていた。彼が活躍していたのは20世紀初頭、西欧列強が覇を競っていた時代で、他国に先駆けて重工業を充実させることは焦眉の急であった。当時、「産業の米」と言えばまごうことなく鉄であった。 製鉄は、基本的に鉄鉱石を熱して融かすことでなされる。つまり、鉄が融けるような高温を正確に測れないと鉄を効率よく大量に安価に速く生産することはできない。しかし、どろどろに融けている鉄に温度計をつっこんでも融けてしまう。じゃあ、どうする? そこで誰かがうまいことを考えた。物体を熱すると色が変わる。たとえば、ガスの炎色は温度が高ければ青い。低ければ赤い。星の色が赤かったり青かったりするのも基本は温度の違いだ。だから、色と温度を関係づけることができれば、非接触で温度が測定できる。 ところが、当時の熱力学では温度と色を関係づけるうまい式を導くことができなかった。この問題を解決したのがプランクだ。だからプランク定数は、色と温度を結び付けるときに実験的に計測された定数にすぎなかった。 ---------- プランク定数:6.62607015×10-34J・s (J・sはジュール秒) ---------- この定数だけ見ても、まるで量子力学に関係しそうもない。ところが、いまとなっては、量子力学でもっともたいせつな式とでも言うべき式に登場する重要な定数になったのだから侮れない。 つまるところ、量子力学は熱力学を「正しく」解釈するために誕生したと言っても過言ではない。多くの粒子が集まったときにしか成り立たないはずの熱力学を成り立たせるために、一個一個の粒子を支配する法則である量子力学が作られた、と思うとなんとなく本末転倒な気もする。 こんな数奇な出自を持つプランク定数を含む不確定性原理の式であるが、この源は複数ある。 たとえば波と粒子の二重性。量子の世界には粒子はなく、あるのは波だけなので、空間的に局在した波(=波束)を作ろうと思ったらいろいろな波長の波を重ね合わせるしかない。 ところが、量子力学では波長の異なる波は異なった運動量を持つので、空間的に局在した波束を作ろうといろいろな波を合成すればするほど、運動量の不確定性はあがっていくという二律背反なことが起き、これが位置と速度を同時に決めることを妨げる。 なぜなら、波束は異なった波長の波を掛け合わせないと作れないが、量子力学では波長が異なると運動量も異なるので、たくさんの波長の波を合成すると、今度は運動量が不定になってしまう。この結果、位置と運動量を同時に決めることができなくなってしまう。 不確定性原理のもうひとつの源は観測による擾乱である。粒子の位置を特定しようと強い光(=電磁波)を当てると粒子が動いてしまうので運動量の測定が不正確になる。かといって弱い光を当てると今度は位置の特定が不正確になってしまう。このため、位置と速度を同時に精度よく決めるような光の当て方が存在しなくなってしまう。 不確定性原理のいちばんの理不尽な帰結は「静止が存在しない」だろう。静止とは「物体が速度ゼロである場所に止まっていること」なので「速度がゼロ」という速度に対する測定と、「場所」の正確な測定が行われないといけないので不確定性原理とは相いれないのだ(どこにいるのかわからないがともかく速度はゼロである、という測定なら可能である)。これほど理不尽な不確定性原理であるが、これが世界の真実の姿である。 *
田口 善弘(中央大学理工学部教授)