「『ナースのお仕事』はバグで生まれた名作」作家・柚木麻子、ドラマで描かれる女性像30年の変遷を辿る【インタビュー前編】
小説家として活動する傍ら、ドラマファンとして、元脚本家志望者として、そして原作者として、「anan」で10年間にわたりドラマを語り続けてきた柚木麻子さん。この長期連載をついに1冊にまとめた『柚木麻子のドラマななめ読み!』(フィルムアート社)が10月26日に刊行された。
ダ・ヴィンチWebでは刊行を記念して、インタビューを実施。前後編の2本に分けてお届けする。 インタビュー前編では、物語でのヒロインの描かれ方に焦点を当ててお話を伺った。 ――今日のファッションのコンセプトは、ドラマ『ロッカーのハナコさん』でともさかりえさんが演じていた、ハナコさんだとか。『柚木麻子のドラマななめ読み!』でも、大好きな作品の一つとして挙げられていましたね。 柚木麻子(以下、柚木):「この髪型にしてください」って写真を見せたら、サロンのお姉さんたちがみんな、狐につままれたような顔をしていましたけど(笑)、素敵に仕上げてくださいました。 『ロッカーのハナコさん』は、ロッカーに棲みつく幽霊であるハナコさんが、平山あやさんや吹石一恵さんが演じる、仕事のできないOLの前に現れて助けてくれるという物語。私、ドジっ子の主人公が、圧倒的に有能な人に引っ張り上げられて成長していく物語が大好きなんですよね。代表的な作品は『ナースのお仕事』だと思いますが、1990年代から2000年代にかけては、ドジっ子の主人公が本当に多かった。 ――ドラマに限らず、マンガもそういう女性主人公が多かったですよね。最近は、あんまり見かけませんが。 柚木:一生懸命ではあるけれど、何もできない子が、まわりの助けを借りてステップアップしていく物語って、今はたぶん、視聴者の反感を買いやすいんだと思うんですよね。それはそれで社会が成熟した証だとも思うんですけど、物語の型自体が有害なわけではないですから、今もときどき配信で観ています。 ――なんでそんなに、ドジっ子主人公が求められていたんでしょう。 柚木:そうすることで、主演の方に集まる羨望だけでなく嫉妬の感情を、和らげていたんだと思います。アメリカのドラマは脚本ありきで、オーディションで主役が決まるけれど、日本の場合は事務所先導ですから。売り出したい女性俳優を、彼女や「お嫁さん」にしたいと思わせるイメージ戦略もあったんじゃないでしょうか。男性にも女性にも好かれる愛嬌みたいなものを、ドジっ子という要素で、担保していたのだと思います。無表情で優秀な隙のないヒロインを描く場合は、途中でぽろりと涙をこぼさせて「私……どうして……?」みたいに戸惑わせる表現が多かった。 ――『新世紀エヴァンゲリオン』の綾波レイみたいですね。ドラマだと『ハケンの品格』で篠原涼子さんが演じていた役が、その系統でした。 柚木:何か壮絶な過去を乗り越えてきた結果、感情を失ってしまった。みたいな、自分の美貌に無自覚なロボットに萌える風潮がありましたよね。今も、あるとは思いますけど。女性がバリバリ働いて出世を目指すのも、死んだお母さんのためとか、何かの復讐とか、そういう理由づけがないと、男性にムカつかれちゃう。 私も、テレビ制作会社にちょっと関わっていたことがあるので、経験があるんですよ。喫煙シーンはNG、化粧品会社とスポンサーに考慮した物語を作らなきゃいけないし、ベッドシーンを入れる場合は、性欲に駆られてのことであってはならず、酔った勢いでしちゃって覚えてない!というエクスキューズを入れろと、散々言われました。 ――酔った勢いならいいのか、という感じはありますが。 柚木:そうなんですよ。本書にも書きましたが、朝起きたら知らない男が隣で寝ていて「あんた誰よ!」となる、ラブコメではしばしば使われていた手法は、冷静に考えたら危ないんです。そんな記憶を飛ばすほど飲んで、知らない男を家に連れ込む、あるいは連れ込まれるなんて状況は、今の感覚だと本当に怖い。そういう意味で、ドラマにおける酒飲みの描かれ方も、この10年でだいぶ変化したなと思います。