芸能や演芸は役に立たないと言われても、「笑いはやっぱり必要」――福島出身の落語家・三遊亭兼好と席亭の11年 #知り続ける
福島への「誤解」と「現実」を突きつけられたドイツ公演
震災以降、福島とのつながりを再構築した兼好師匠だが、2012年にドイツで落語会を行ったとき、意外なかたちで日本人、そして福島県人であることを意識せざるを得なかったという。 「ドイツの会は、落語が大好きなドイツの方が案内してくださって、本当にいい経験になりました。当初の目的は、落語という話芸をドイツの皆さんに伝えるだけではなく、東日本大震災のあとの日本の現実を伝えるという思いもありました。そこで、ドイツの人たちが日本についてどう思っているか、じかに分かったんです」
兼好師匠が目の当たりにしたのは、にわかには信じがたい「誤解」だった。 「日本から落語家が来るということで、現地の方々もいろいろと準備をしてくださいました。会場に行くと、日本についての写真が展示してあったんですが、江戸時代末期の日光だとか、昔の写真がずらっと並んでいて、それが今の日本だと思っているんですね。衝撃を受けました。それと、ドイツの子どもたちと話すと、日本のアニメ、マンガが人気なのが分かったのはうれしかったんですが、『津波で〈NARUTO〉や〈ワンピース〉の作家さんたちが、死んでしまったって本当?』って真顔で質問されました。そうした噂がまことしやかに流れていて、それでどういうことが起きたかというと、日本のマンガ本が買いあさられ、もうなくなっちゃうんだとか、取引値が高騰しているということが起きていたらしいんです」 カルチャーの世界でもこんな噂が飛び交っていたわけで、食べ物に関しての噂は福島県人の兼好師匠にとっては胸が痛むものだった。 「ドイツのお寿司屋さんには地図が貼ってありました。『今日出ている食材は日本のココのものです』って書いてあって、福島だけ真っ赤になっていました。この赤いところからは来ていませんよ……という地図を見た時は、福島生まれの人間としてつらかったです。これが大昔の話なら分かるんです。昔は海外のニュースもあまり見られなかったし、連絡手段も国際電話くらいなものでしたから。私が衝撃を受けたのは、個人がインターネットにアクセスできる時代になったのに、こうしたデマ、噂が流れる。でも、だからこそ、こうしたネガティブな噂のほうが広まるのは速いのかな」 兼好師匠がドイツで感じたのは「リアル」、つまりは直接伝えることの力だった。 そして落語家は「席」が設けられてこそ、お客さまとつながることができる。 「席」と呼ばれるものの中には、新宿末廣亭のような寄席もあれば、1000人を超えるような大ホールもある。そして時には、数十人が入れば満杯となる席もある。 その中で出会ったのが、「もめん亭」だった。 「当時、もめん亭さんが仕入れていた飯舘村のおいしい牛肉が被害を受けて、女将さんに『落語をやってくれませんか?』と声をかけていただいて。最初は市内のホールでしたが、お店でやるのは、なんとも面白いですね。20人も入ればいっぱいの居酒屋さんに30人、40人と詰め込みますからね」