<リオ五輪>女子レスリング、伊調の4連覇偉業を支えた亡き母との約束
決勝戦のマットに上がる階段の途中で、伊調馨は水を一口飲みたいとセコンドに求めた。 どんな大きな舞台を前にしても、いつも泰然とした態度を崩さない伊調だが、女子選手では史上初の五輪4連覇がかかった試合の直前ともなると、勝手が違うらしい。「4連覇は違うんだな。落ち着きがない」日本から伊調を応援にきた人たちのなかから、そんな声が聞こえてきた。 女子レスリングのフリースタイル、58kg級の決勝。 2014年世界選手権の銀メダリスト、かつて吉田沙保里に土をつけたこともあるワレリア・コブロワゾロボワ(23、ロシア)に対して伊調も動きが鈍かった。自ら攻撃できず、前半が終わったときには1-2でリードされ、試合時間が過ぎていった。試合終了まで残り5秒、タックルにきた相手の動きを利用して後ろへ回り2ポイントを得て逆転、4つめの五輪金メダルを手に入れた。 抑えられない喜びを顔に浮かべながらも、試合直後に伊調の口から出たのは、反省も含めた勝者の言葉だった。 「内容はダメダメで、金メダルだったことは満足だけれど、レスリング選手としては出直してこいというものでした。心技体のスポーツですね」 姉の千春と一緒に金メダルをとりたいと言い続けたアテネと北京、その2つめの金メダルを手に入れて以降、伊調の口からたびたび「自分のレスリング」「理想のレスリング」という言葉が発せられてきた。それが具体的にどんなものなのか、全貌はいまだ見えないし完成形などないものなのかもしれない。しかし、巨大な難題と取り組む彼女は、まるで哲学問答のようになるレスリング談義を、いつも楽しそうに語ってきた。 勝つことと、強いこと。同じことを示しているようで実は重ならない部分がある二つのことを、伊調は同時に実現させようとしている。ずいぶんと、ややこしいことにチャレンジしているなと思わざるを得ない、彼女なりのレスリングへの取り組みが続いた。 通常、勝つことと強いことは、共存しづらいものだ。というのも、「強い」というのは、その人が理想とする強さの形を表現することであって、それは試合に勝つこととイコールにならないからだ。伊調は男子選手に混じって練習することでレスリングの引き出しを増やすことを切望し、そのチャレンジひとつひとつが楽しくてたまらないようだった。しかし、それは彼女の適性を活かしているのだろうか? そんな疑問が残りながら 、それでも勝ち続けることで不安は打ち消されていった。